ブログやSNSで押しつけがましさを感じる文章に出会うことがあります。
文章に正解はないので、自分が押しつけがましさを感じた文章がダメだと言うつもりはありません。
しかし、誰かに何かを伝えるために書かれた文章であれば、読み手を興ざめさせてしまうと伝えたいことが伝わりにくくなってしまいます。
そんなのは、もったいないです。
この記事では、押しつけがましさを感じた文章の共通点をまとめました。
また、私がこれまで記事執筆する際に気を付けてきた観点も併せてお伝えしますね。
押しつけがましいと人が感じるとき
人はみな違う環境で過ごし、違う経験をし、独自の価値観の中で生きています。
自分の持つ感覚や価値観を否定されたと感じたときに、人は押しつけがましさを感じます。
具体的には、自分のことなのに他人から「良いね」「悪いね」と望んでもいない判断を下されたとき、自分以外の何かによる強制力を感じたとき、人は違和感や不快感を覚え、押しつけがましいと感じるのです。
つまり、他人を自分の価値観で判断したり、他人を強制したりすることは人を嫌な気持ちにさせやすいのです。
【押しつけがましさの原因】
- 他人を判断すること
- 他人に強制力をはたらかせること
他人を判断すること
「他人を判断すること」とは、他人の行いや考えに対して「良いか悪いか」を指摘することです。
例えば、離婚しようと考えている夫婦に対し、意見を求められていないのに「子どものために離婚は良くない」と言うことはその夫婦にとって余計なお世話です。
善し悪しの判断は自分の世界と価値観のルールが決めたものであり、自分の正解であっても他人の正解ではないことを肝に銘じておきましょう。
他人に強制力をはたらかせること
「他人に強制力をはたらかせること」とは、人に何かを無理に仕向けようとすることです。
押しの強い営業や勧誘をイメージしていただければ、わかりやすいと思います。
例えば、スマホを必要ないと思っているのに「買わないと損」「みんな持っているのに、持たないのはおかしい」のように、言われるといい気はしませんよね。
この場合の強制には、スマホが必要な人、スマホを売りたい人の立場での「判断」も入っています。
押しつけがましい文章になる3つの特徴
「他人からの判断」と「強制」の2点が働く文章は、押しつけがましさを感じさせます。
具体的にどのような文章がこの2点を含み、押しつけがましいのか特徴を3つ挙げます。
【押しつけがましいのか特徴】
- 読み手の前提を作る
- 過度に恐れの感情を与える
- 主張が強い
読み手の前提を作る
読み手が感じていることを決めつけるような文章は、共感を押しつけられているように感じさせます。
次のような言い回しは該当しやすいです。
「〜と思いませんか?」
「〜と思ってしまいますよね」
「〜してしまうものですよね」
これらには「当然こう思いますよね」「こうしますよね」という決めつけのニュアンスを感じさせます。
つまり、書き手の読み手に対する勝手な判断を感じさせる表現です。
あなたのことをわかっていますと言わんばかりの共感文は、的を射ていないと押しつけがましくなる場合があるので、使いどころには注意しましょう。
恐れの感情を与える
「恐れ」は防衛本能の一種で、人は恐れを避けたいと思って行動します。
あえて過度な恐れを与えて、恐れを避けるために目的の行動をさせようとするのは強制的な文章といえます。
一時的には恐れから救ってくれた救世主のように映るかもしれません。
しかし、実はそんな恐れなんて元々なかったんだと読み手の目が覚めたとき、良い印象は持たれないでしょう。
いわゆる「煽り文章」です。
主張が強い
主張が強い文章は「自分が伝えたい気持ち」が全面に出ている印象を受けます。
自分の価値観を全面的に押しだし、間接的に自分の価値観を強制させる印象があります。
伝えたいことが明確で、読み手にとって有益であることが情報発信者として大切です。
しかし「自分が伝えたい気持ち」だけのライティングは、自分が言いたいことを詰めすぎて話題が二転三転したり、結局何が言いたいのかわからない文章になりがちです。
自分の思いに共感を得たいとき、何かを伝えたいとき、人はブログやSNSで発信したくなりますが、内容は読み手のためになるように書きましょう。
まとめ
押しつけがましさを感じる文章の特徴は次の3つです。
【押しつけがましさを感じる文章】
✓読み手の考えを決めつける勝手な「判断」
✓恐れの感情を与えて行動を仕向ける「強制」
✓伝えたい気持ちだけで書かれた強い主張による、価値観の間接的な「強制」
押しつけがましいとしても、1つの意見であり間違いではありません。
しかし読み手のための情報発信を意識して、ライターとして好印象を持たれたいものです。



