(2023年11月)

佐渡金山に到着すると、有名観光地とあって多くの人の姿があります。


入り口でチケットを購入して、まずは宗太夫抗(そうだゆうこう)へと入っていきます。

こちらは江戸時代の作業抗で、当時の作業の様子が配置された人形と音声でもって再現されています。


私たちは観光用に整備された明るいところを快適に通っていますが、当時の人々は明かりの少ないモグラの穴みたいなところに入っていって、さぞ苦労したことでしょう。

金が採れてウハウハなのは江戸の幕府であって、実際に金を採っている人たちには裕福な暮らしがないというのは、身につまされる構図です。

「酒が飲みてぇなぁ。馴染みの女にも会いてぇ。」との人形の音声が、なぜかずっと心に残っています。

 

宗太夫抗から表に出ると史料コーナーがあり、鉱山の全体像や当時の暮らしを知ることができます。

よく人力でこれだけ掘り進めたものだと感心するばかりです。

 

入口に戻り、今度は道遊抗(どうゆうこう)へと入ります。

こちらは明治時代から現代のものなので、先ほどの宗太夫抗とは明らかに様相の異なる近代的なつくりです。


機械が導入されたこともあり、穴が大きくきれいに形づくられていて、運搬用のトロッコも見られます。

表に出て少し山道を登ると、「道遊の割戸」があります。

当時の人は一生懸命に掘り進めたのでしょうが、採掘が終わったいま、山に残った大きな穴からは、先に寄った浮遊選鉱場跡と同様にもの悲しさを感じます。


「道遊の割戸」から下りてくるとトロッコの機械工場があり、現代における鉄道検修庫のミニ版のような感じです。



閉山が平成元年ですから、いまから30年あまり前までは作業していたわけで、いまも作業していそうな雰囲気が漂います。

 

道遊抗は近現代のものとあってか、入口で見た人々はどこに行ったのかというぐらい観光客がまばらで、そのことがさらにもの悲しさを増幅させます。


(割れたんじゃない、割ったんだ。)


金山を後にして、回転寿司店「弁慶」で遅めの昼食をとります。

佐渡で有名なお店らしいのですが、お昼時を過ぎていたこともあり、すぐに席に座ることができました。


金山で働いていた人々を見た後に寿司を食べていると、苦労はありますが現代に生きていて良かったと実感します。

 

レンタカーを返却して、16時05分のフェリーで新潟港へと帰ります。

1泊2日では佐渡は短すぎますね。

時間があれば、1週間ぐらいは滞在したい島です。