前回は筋肉の「疲労」を考えましたが、今回は「筋肉痛」について考えます。筋肉痛とは筋肉に生じる痛みのことで肉離れなども含まれますが、ここでは運動した数時間後から数日後に発生する遅発性筋肉痛について取扱います。筋肉が力を発揮する運動には以下の二つの場合があります。

①短縮性収縮…筋肉が収縮する方向と同方向に短くなりながら力を発揮する運動。登る時の大腿四頭筋の運動など。
②伸長性収縮…筋肉が収縮する方向と逆方向に引き伸ばされながら力を発揮する運動。下る時の大腿四頭筋の運動など。

 筋肉痛の発生のメカニズムに関して、「筋線維とその周りの結合組織の損傷が、回復過程において炎症を起こし、この際に発生した発痛物質が筋膜を刺激する」という説がありますが、詳しくわかっていないようです。しかし、この筋肉痛が発生するのは主として伸長性収縮運動の時に発生します。

イメージ 1 図5は血液中のCPK(クレアチン燐酸キナーゼ)という物質が、1000m登った時と、1000m下った時の運動前後にどれだけ変化したかを示したものです。CPKとは筋肉の細胞が壊れた時血液中に出てくる物質ですが、登りではCPK濃度はほとんど変化しなかったのですが、下りでは運動後に大きく増加しています。つまり登りでは筋細胞はほとんど破壊されなかったのですが、下りではたくさん壊れたことが分かります。この筋肉痛は山によく行っている人や、下界でトレーニングに励んでいる人は脚の筋肉が鍛えられているので発生しません。しかし普段運動していない人が山に登ると、数日間はいやというほどの筋肉痛になやまされるはずです。筋が弱いため下りのストレスに耐えかねて、たくさんの筋細胞の破壊が引き起こされるからです。

 登りは心肺系に大きな負担がかかり「つらい」と感じますが、下りは筋肉細胞が壊れてもいてもその場では判りません。したがって登りはつらいが下りは楽といった錯覚をおこします。辛さの質がちがいますが、登山は登りも下りも楽でない運動なのです。

 何日もかかる山行では、もう一つの注意が必要になります。乳酸系の疲労はかなり速く回復しますから、夜間の休憩で回復します。ですから何日もあるくことができるわけです。しかし筋肉痛の回復には数日を要しますので、ひとたび筋肉痛を発生させてしまうと、その後の山行は辛いものになってしまいます。

イメージ 2 図6は上腕二頭筋を使っての短縮性と伸長性を、それぞれ全力で繰り返した時の筋力低下を示しています。
(図5~6)は写真1「山本正嘉著「登山の運動生理学百科」から転載いたしました。詳しくはこの本を見てくださいね。

 私が体験した実例を一つ紹介いたします。今年の八月末、聖岳から光岳を縦走した時のことです、三日目は茶臼小屋から光小屋までの予定だったのですが、翌日台風が接近しているとの情報に茶臼小屋から光岳に行き、そこから易老渡まで一気に下ってしまいました。最後の一時間は足の踏ん張りがきかなくなり、やっとの思いで下山しました。ところが翌日はほとんど疲労を感じることはありませんでした。乳酸系の疲労だったのですね。
 ところがほぼ平坦な街道歩きで、思いもよらない前頸骨筋(「弁慶の泣き所」に位置する筋肉で、足を反り返らせる役割を持ちます)の激しい筋肉痛を体験しました。普段、山ではフラットフィティングの歩き方をするために前頸骨筋が鍛えられていないのに、この筋肉を伸長性収縮させてしまったのでしょう。この理由は痛い指をかばうために足裏外側に重心を移して歩いたためか、長い平地歩行ではもともとこの筋肉を使うからかだと考えています。今後確かめていく課題の一つです。

 山から返って思わぬ筋肉が痛いことがあります。このときは自分の歩き方や荷物の担ぎ方に欠陥があると考え改善していきましょう。