依存って
悩ましい。これこそ私のキャパシティーの限界を感じる。依存しないで、依存先を増やして。SNSで散見される考えはあの人の口からきくと途端に安物の言葉に感じる。SNS上で「男に依存しない方法」「これで追われる女に」とみられる見出し。内容は自分磨き、依存先を増やすこと。それはどう増やすの?いろいろな人にこころからだひらけばいい?そんなのは厭だし、私はどうでもいい関係の人を増やしたからとてなんだということではない。訝しいし、もとより私の欲求の根本は、話を聴いてほしいわけでも言葉を誰かにぶつけたいわけでもない。
ただお互いをくみ取りたい、尊重し合っていたい、知り合っていたい。いとしい相手から出てきた感情はすべて愛でたいし、私しか受け取るべきでないと思う。それを他の人に取って代わられるなんて、独占欲にさわること。
この依存もんだいは依存先の認識も重要である気がしてる。依存先ぶんるいには家族、恋人、友達、さしずめそのあたりであろうか。私はこれらの人と関わるときにはそれぞれふれている場所が違うし、知っていてほしいところが違う。恋人は原則ひとりだし、恋人はひとりで一挙に恋人役を引き受けていると思う。なので、恋人から依存先を増やせといわれると、では恋人増やしていいのですか?ということになってしまう。それはあなたの独占欲にさわらないのかしら。私はあなたの感情がほかに垂れ流されることすら厭で仕方がないのに。