おぞましき謎の老女DJ | リトル・プーリームのプラスティック・スリル・ブログ

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テレビの低級化に抗し、マジで音楽を憂い、予言蔓延する世に悩み、
焦り多き家庭に困り、後悔伴う仕事に苦しみ、レーザー的に精密な
日本語の駆使に迷う中年男の見込み違いとニガリきった日々のアレコレ。


FMラジオで長くDJをしているらしいルーシー・ケント(Lucy Kent)、というオバサン(お婆さん?)がいる。

名前くらいは、あなたも、きっとご存知だろう。


時々やむをえず聴いているラジオ放送だが、このヒトの選曲が悪く、イライラさせられ、またバブル期へのノスタルジーを隠さないのだから、ぞっとしない、というわけで、とうとう、どういう音楽体験を経てきた人なのかと根本的な疑問を抱き、検索などしたが、一向に判明しない。


年齢がまず、分からないというのは、たいしたものだ。

(*「ネットでいくら検索しても分からない謎リスト」に追加されることになった)


自らをはぐくんできた音楽的環境を隠しながら年齢不詳のDJをやってもらっても、こちらはシンパシーが湧かない。
15歳のときに何を聴いて何かに目覚めたというような経験談は、共感を呼び起こす(たとえ、音楽ジャンルは異なっても)。

ルーシー・ケントには、それが見えてこない。空虚がある。

とはいえ、手がかりはあって、

Wikipediaによれば、1981年からライブハウスで歌っていたというから、仮に18歳~20歳だったとしても32年は経過しているのだ。


節操もなくポリシーも無いフワフワとした選曲はセンスがない。

そして、危機感も知性のかけらも無い退屈なトーク、ガマンに我慢しているが、"アメリカ生まれ"も3歳まで、実質、日本育ち、というから、意外にバイリンガルじゃないのかもしれない。と俺はにらんでいる。


いずれにしても、その辺も、うやむやにされている。


実際のところ、英語の曲名・人名が連続すると、あっぷあっぷしながら発音している様子が伝わってくる。

「/」(スラッシュ)を「スラッス」という、超ダサい言い間違いがある。

「オックスフォード」を「エックスフォード」とミスするのも、およそバイリンガルならありえない"噛み方"だ。


しかし、この人の「既得権」というのは大きいらしく、若い女性DJはなかなか見当たらない。

能力がその地位に見合わない人物を見かけるたびに、じわじわと人材というものへの疑問が沸いてくる。

私は気の利いた若手の女性DJの登場を待望しているのだ。


東郷かおる子がいると?

いや、それもお婆さんなのだった。

かなわない世界だと思うのは、このヒトも年齢について「ネットでいくら検索しても分からない謎リスト」入り間違いないという点である。