ラスト、コーション
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(4月15日・・・「ノーカントリー」掲載しました。)
回り道をしてわかること。
恋人と別れたエリザベス(ノラ・ジョーンズ)はカフェを経営するジェイミー(ジュード・ロウ)と知り合う。彼の店で決まって売れ残ってしまうブルーベリーパイを食べながら、彼女は街を離れることを決意する・・・。ウォン・カーウァイ監督作。
この物語は別れがキイワードだ。恋人との別離、離婚、死、旅立ち・・・「鍵」はそんな別れの象徴でもある。そして、誰かに伝えたい思いを込めて、部屋の住人は鍵をカフェの店主ジェイミーに託す。鍵にはそれぞれに別れの物語がある。
でも、別れの傷みは簡単に癒すことはできない。癒すことが出来ずに、人はその傷みを抱えたまま去ってゆく。エリザベスも場所を転々とする。クルマを持って、もっと遠くへ行こうとする。でも、いつしか気付くのだ。どこに行ってもジェイミーに手紙を書きたくなること・・・。
この映画では、女は動き、男は動かない。
特にジェイミーは、この映画の中で動かない人間として強く存在する。恋人を追ってゆくこともない。それが幸なのか不幸なのかは分からない。でも・・・カウンターの予約席。作り続けるブルーベリーパイ。ジェイミーの愛が、パイに沈んでいくアイスクリームのように、ジワジワと甘く感じる。こういう人がいてもいいんじゃないか。そして、ストレートじゃないかもしれないけれど、こういう愛の表現があってもいい。
ストレートじゃないと言えば、ガラス越しのショットが多用されていて、それがなんともいえない味と距離感を作り出していることに気づく。ガラスを磨けば、視界がはっきりするのも面白い。
ストレートではない表現。売れないブルーベリーパイ。手紙。ガラス越しの距離感。伝票で伝わる思い。スイッチでひねるように消えない心の傷み。通りの向こうに渡るのに、1年かかって回り道したり。便利さ、迅速さ、即効性が求められる現代で見捨てられそうなものや、不器用さ・婉曲さが、この映画にはあふれてると思う。
しかし・・・この映画を見るとパイとクルマが無性に恋しくなります。特にパイはねえ・・・。「ミリオンダラーベイビー」のレモンパイを思い出しました。
「日本式」なんですか?!
ロンドンの小さな町に住む未亡人マギーは、難病を患う孫の治療費の工面のため、職探しを始める。ところが、若くはない平凡な主婦に世間の風は冷たい。そんな時フト見つけたのは、とある店の「接客・高級」の貼紙。思わず門を叩いたマギーだったが、それはなんと「手で男をイカせる」商売だった。やがてマギーの手は、その独特な質感から「イリーナ・パーム(イリーナの手)」と看板が出るほど人気を博すことになる。
日常の中で、誰もが突き当たるような壁。失業、倒産、子どもの将来のため、孫の病気のため・・・そんな壁にぶち当たって悪戦苦闘しながらも、自分らしく生きてゆく様を描くイギリス映画が私は好きだ。例えば、『ブラス!』『フル・モンティ』『リトル・ダンサー』『キンキー・ブーツ』など。
この作品は、風俗に活路を見出すところでは『フル・モンティ』と似ている。マギーの真剣さと風俗店のギャップが効いてて面白い。
そして、風俗店ながらイヤらしく描いていないのが好感が持てるところ。あくまでもマギーと言う「女性」の目を通して描いている。風俗店と言っても、ひとつの職場としてみれば、オーナーがいて、先輩がいて、企業医がいて、ライバル店がいて、客がいて・・・他の職場となんらか変わりがない。マギーが、その職場をひとつの「組織」として見つめ、ただの駒として働くのではなく、人間関係を大切にしようとし、自分の仕事環境を快適にするためにいろんなものを揃えたりするところは、頷けるところでもある。
しかしながら、風俗で働くということは、リスキーでもある。公にしたくない気持ちはあるし、自分の息子や友人には絶対秘密だ。ところが、それが息子にバレて、激しく責められたときに気づく・・・マギーの中では何かが変わっていた。「イリーナ・パーム」として店で働くことに罪悪感を持っていないということだ。「何の役にも立たない」と言われかねない自分が、孫のために働くこと、自分も何かの役に立つということに、人間らしい喜びを見出したのではないだろうか?有閑マダムたちの輪に加わったり、息子たちの面倒になるという選択肢もマギーにはあったけれど、あのラストに象徴されるのは、自立した人間の選択肢だったのかなあと言う気がしている。
しかし、風俗店のオーナーがあの設備のことを「日本式だ」といったのには驚いた。日本もああいうの、あるんですか?!オーナーが遊んでいた「スーパー・マリオ・ブラザーズ」の音楽も滑稽で、なんだかこの映画には日本の商業が影響を与えてるのかなあなどと思ってみたり・・・。