影武者(80・日) | no movie no life

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・・・映画を見て思ったことをツラツラと。ネタバレです。

かなり昔に書いたのも。

死しても放つオーラ。


黒澤明の軌跡~28作品一挙上映~が今日で終わりました。黒澤作品はスクリーンで見る機会がなかったので、全部とはいかなかったですが、いくつか観てきました。


時は戦国時代、武田信玄の遺言・・・「自分が死して3年は秘すること」。信玄にそっくりな「影武者」と、側近たちの物語。本作は、1980年度カンヌのパルムドールを獲得した作品。


影武者として起用された人物は、磔の刑寸前だったところを、容貌が似ているからと救われた盗人。いよいよ信玄が死に、役目を果たすよう命令されるも、そんな大役は無理だと断る。しかし・・・彼を決意させたのは死んだ信玄の骸が放つ威光、オーラだった。


そもそも、この話はそれが無ければ存立しない。存在しているだけでも他を圧倒する力を持つ、「風林火山」の「山」。信玄が作り上げたその「イメージ」は死しても効力を発することを本人が一番理解していた。重臣たちの信頼はことのほか厚い。そして織田信長、徳川家康・・・多くの武将たちが、信玄を恐れた。


影の苦労は影にしかわからぬ。主人がいずして、そもそも影はありえないから・・・。ユーモラスに映る影武者と側近たちのやり取り、そんな中にも影武者の孤独と悲哀を演じた仲代達矢の迫真の演技は、「乱」においては「怪演」となる。その影武者を最後まで補佐する信玄の弟・信廉を演じた山崎努も、血の通った人間像で重要な役割を果たす。


やがて影武者の存在が発覚し追放された後の合戦。いわゆる長篠の戦いで、武田勝頼は信長・家康軍に負ける。その描写は、殺しあう人間たちを描かずして、お互いの一方的な攻撃シーンを交錯させ、その真ん中に影武者だった男をしのばせ、その目から見た風景として作られている。結果は馬や人の断末魔として描かれる。・・・以後、武田は戦国時代の主舞台から姿を消してゆく。


全作品を見たわけではないんですが、若干観た黒澤作品の印象としては、「映画はエンタテイメントなんだ」ということ。練り上げられた脚本、迫力の山場、最後の顛末。絶妙のタイトル。内容がシリアスな映画でもクスッと笑えるシーンが必ずある。時間が長くても長いと感じさせない。そして画面の安定感。そこに映る人間の数が3人であろうが、7人であろうが、その配置のバランスの良さ、すわりの良さには驚かされる。一番美しく見えるところからしか撮らない、と言うように。特に「影武者」では動かない信玄と側近たちの動きにより、静と動の対比が心地よい。


力を持った作品とは、まさに肌で感じることが出来るのね。面白かった!


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