永遠に大人にならない「ピーターパン」にはモデルがいた。
劇作家バリ(ジョニー・デップ)は高名な劇作家だが、最新作で酷評を受ける(まあ、自分でもダメだって思ってたみたいだけど)。何かもっと別な作品を・・・公園で書き物をしていたら、若く美しい未亡人(ケイト・ウインスレット)と4人の息子たちと出会う。中でも、父親の死後、心を閉ざしてしまった3男ピーターを救いたいバリは、彼らを喜ばそうといろいろ画策するが・・・
「夢は、信じなければ叶わないんだ・・・」
昨年、会社で「プレゼンテーション研修」を受けたとき、「効果は話し手が決めるのではなく、受け手が決める」と聞いた。全くそのとおりだ。それを、この映画で思い出した。
演劇でも、映画でも、音楽でも、小説でも・・・必ず受け手がいる。
この作品で、一番伝えたいのは何?
この作品を、本当に見て欲しいのは誰?
批評家ではないはずだ。
そして、その効果は、受け手が決める。誰にでも等しく。
バリが必ず用意させろと言った25席は、まさしく、本当に見てもらいたい人のためであった。そして、それに巻き込まれるように、周りの大人たちも共感していく。
そして、絶対に見てもらわなければならない人間は、ピーター。
私は、映画は映画館で見たいと思ってる人間です。でも、ビデオやDVDでも見ます。やっぱり過去のものは見れませんから・・・それに、過去に劇場で見たものでも、今もう一度見たい、というのもあるでしょう?
この作品を見て、「自分が映画を選んでいるようで、実は映画が自分を選んでいるのかな」、何てことをふっと思いました。だから、映画が訴えているものと、自分が求めているものがシンクロしたとき、それが自分の中で最高傑作だ!と思えるほど感動し共感できるのかな・・・まるで、運命だったかのように。
天は自ら助くるものを助く。今だから、自分はこんな素敵な映画に出会えたのかな・・・なんて思ったり。人との出会いもそうですよね。
最後に、「ピーターパン」の犬を演じる役者に向かって、ほかの役者が言った一言。
「君は、最高の犬だよ。」
プロです。いいなあ、このプロ根性。
沈み行くタイタニック号で、最期まで演奏をやめなかった音楽家たちを思い出しました。