みなさまこんにちは!

 

何のために大学へ行くのか、今この瞬間はまじめに考えている岩堀由美子です。

 

最近、読み書き計算に非常に深刻な障害をもつ娘の大学進学について、学部学科専攻のポリシーやシラバス、教員の研究テーマや入試情報などについて、情報収集と戦略策定に時間とエネルギーを使ってしまっています。

 

先日のブログに書いたように、娘が親友や恋人の影響を受けて、3年間で高校を卒業し現役で大学に進学したいと言い出したことは、戦略家を自負する私には、考慮すべき条件が突然たくさん増えて、自由選択の幅が減ってしまったことを意味します。

 

高校生が友達の言葉や考えに強く影響されるのは至極健全な状態だと思います。娘は自分がみんなと違うこと、それは自然で当たり前のことだという認識をとっくに確立していると思われますが、それでも、大学受験のような特定の能力による選別基準を厳然と示されると、自分が圧倒的に不利だという現実に、一瞬、打ちのめされたりはするわけです。

 

「大学で何を勉強したいのか?」

「何のために大学に行くのか?」

 

これらは重要な問いですが、私自身は自分にとって面白いことなら、専門なんてどうでもいいと思っています。高校へ行くのは大学に行くため、大学に行くのは就職するためという時代錯誤な動機でさえ完全淘汰されていないのですから、大学へ行くのは大学院留学するためだという理由でもいいわけです。

 

娘に大人になるにあたって身に着けて欲しいと願うのは、リベラルアーツ、日本では軽視されがちな一般教養です。あとは、それぞれの学問分野にそれぞれの思考様式があるということです。

 

思考法は多様であり、人は一つの事象や課題に対し様々な側面からアプローチすることができますが、現状分析や解釈、結論や解決法には訓練をうけた専門領域による思考回路のバイアスがかかります。これは生まれ育った地域や年代、性的属性や文化的宗教的背景、職業的経験などと同様に、他者を理解するうえで考慮すべき要素です。初めから偏見を持って他人と関わるのは残念な態度ですが、他人の話を理解するために相手の価値観や思考様式をなぞり、その背景を考慮するのは大切なことだと思います。特に我々アスペさんにはそういう訓練が重要です。

 

なので、なんでもよいので何か一つ体系的に学べるようデザインされた教育課程を一通り体験して欲しいです。なんなら学んでいる人たちを中から観察するだけでもよいのです。この世にはたくさんの思想や思考回路を形成する流派が存在し、それぞれの立場から社会に影響していて、若者を同門へと導くべく教育もしています。そういう人間社会の仕組みを中から観察して、とんでもなく話が通じない相手に遭遇しても、落ち着いて対峙できるような視点を持って欲しいです。

 

とはいえ、最近の大学の学費と得られる専門知識、経験の費用対効果には経済合理性の欠如を強く感じます。私が学生だった30年前は、学費と4年間の逸失利益は就職後の生涯収入で取り返せると説明されていました。在学中に保障される特殊な社会的立場と、社会人になっても活用できる人脈の形成、学歴に対する世間的評価を合わせて考えれば、それなりに納得できる気がしていました。しかし、そういうモデルはとっくの昔に消滅しています。大卒あるいは院卒の労働者としての価値も、大暴落したと思います。しかも、娘や私のようなLDを持つ仲間について言えば、大手企業に新卒で就職して、定年まで勤める可能性は全くなさそうです。

 

と、いうわけで、私は子どもの大学進学を投資だとは思っていなくて、ひたすら先に述べたような視点の獲得を期待しています。それはアスペを生きる私たちにとって、重要な知識であり経験だと思うから。そろそろ子育て終わりそうな気がしていたのに、新たなサポートメニューが増えて、まだしばらく続きそうです。

 

さてさて、もうお気づきかと思いますが、今日は「なんのために時間とお金とエネルギーを使って大学進学を目指すのか?」という問いについて、私の心の整理にお付き合いいただいてしまいました。ここまで読んでくださったみなさま、お付き合いありがとうございました。

 

ちょうど書き終わろうとしていたところに、ゆえが理想の母と慕う先生からメッセージが届きました。先生の目に映る今の彼女の姿をお伝えいただき、ちょっと感動して泣いてしまいました。

 

では、また、近いうちに。

 

追伸;

瀧本哲史の『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』が若い人たちにとてもいいと思う。娘にも読んで欲しいけど我慢して、とりあえず彼氏さんに渡してみた。娘に概要を語ってくれることを期待して。

東大とか京大に行かないとこういう体験ができないのなら、大学院留学でも夢見るしかないけど、とりあえず少しは活字にしてもらえてありがたい。