みなさまこんにちは!

ただいま「書けない子に無理に書かせないで!」キャンペーン展開ちうの岩堀由美子です。

重度の学習障害を持つわが子を学校に預けるとなると、書かせない事だけでなく、頑張らせない事をお願いすることになります。娘は小学校の6年間を不登校で過ごし、お勉強は週に2回の療育だけという生活から、不登校児に対応した少人数制の公立中学に入学しました。とてもとても素晴らしい出会いと体験に恵まれて、3年間の中学生活は娘の人生の宝物になりましたが、初めから全てが順調だったわけではありません。

学校デビュー当時の私たちのスタンスを再録しますので、ご覧いただけましたら幸甚です。


『ディスレクシアが化けるのは、ニシンが来るのに似ている件』

アスペでディスレクシアの12歳の娘が、中学生になって初めて学校というところへ通い始めました。

メチャクチャいい学校で、時々行けたらいいくらいに思っていたのが、毎日のように登校するから吃驚して見ていたのですが、ここへきて行事の準備でトラブったりして、ちょっと調子を崩してしまいました。

それはさておき、

娘の学校は本当に至れり尽くせりのありがたい場所なのですが、一つだけ見解の相違を埋めきれなくて、困っていることがあります。それは先生に娘に勉強を教えることをあきらめてもらえないということです(笑)。ディスレクシアだから、障害があるからという理由で、「書きません」「読みません」では未来が閉ざされる、可能性を捨てていると思われてしまいます。お勉強に関しては学校に期待することはそんなにないので、どの教科もどの授業も少しでも印象に残れば良いと思っており、とにかく頑張らせないで欲しいと思っています。それでも娘に少しでも学力をつけてやりたいという先生方のお気持ちは強く、教育というのは学校と不可分の機能なのだと思い知ります。

「今、ここでは、これはしません。」と言えるようにして学校へ送り込んだのですが・・・。

ディスレクシアには突然読めるようになる、書けるようになるという事がある一方で、毎日、繰り返し訓練して伸びるのはほんのちょっとだと思っています。まあ、いろんな考え方の流派がありますし、最終的にどういうレベルを期待するかという問題もありますが、どちらにしても競争社会では全く役に立たない程度の力をつけるために、娘を消耗させたくはないのです。まあ、少ないケーススタディとか理屈ではご納得いただけないのでしょうが、たとえるならニシン漁です。

私たちがある種の能力を手に入れる過程は、毎日、畑や田んぼに手をかけて収穫期を待つ農業とは違うし、毎朝船を出すような漁とも、季節ごとに解禁される漁とも違います。たとえるなら昔のニシン漁。すべてがわーっと一瞬でやってきます。その瞬間を捕まえられるように、船も網も人も万全の準備で待っている。加工する場所や材料や道具、人まで込みで準備して待っている。来るか来ないか、いつ来るかわからないけど、もし来た時にはなるべくたくさん捕まえられる準備をしておく・・・という感じでしょうか。

うちの娘のお勉強は、タイミングを捕まえるという意味で大変難しく、待っている間は何もしていないように見えますが、待っていないと捕まえられません。毎日だらだらと我慢して頑張っていては、「化ける」事が出来なくなります。

とはいえ、必ず化けるのか、いつ化けるのかと問われると私にもわかりません。高校入試や大学入試、就職に間に合うかと聞かれてもわかりません。とりあえず拒絶感を持たせず、拒否反応を起こさせず、負荷をかけず、良い状態を作りキープしておくだけです。

さてさて、学校でこの先どういう指導をしてもらえばいいのかわかりませんが、とりあえずは登校できるコンディションを取り戻せなければ何も始まりません。調子を崩した娘の1日24時間、週7日を見守る身としては、ひたすら娘の復調を待つのみです。まあ、いつかは復調はするだろうから心配はしていないのですが、側で待っているのはなかなかしんどいです(笑)。

勇気があるならあなたも自分のお子さんで試せますよ、教えず、刺激と誘導だけで読ませたり書かせたりすることを(笑)。