みなさまこんにちは!
アスペによるアスペの子育て実践中の岩堀由美子です。
ながらくご無沙汰いたしましたが、この間、ビッグイベントが光陰の如くに飛びかっていました。なんのご報告もせず、多方面からご心配をいただいておりまして、誠にありがたく恐縮いたしております。とりあえず、無事ですよというご報告をば・・・
誠にありがたいことに、娘は機嫌よく通信制高校に通い始めました。春の観光シーズンの京都盆地を端から端へと横断し、観光客で満員の市バスに揺られ揺られて1時間。今のところ週3日は学校に通っています。
そしてそして、なんとなんと、昨日はランチタイムのファミレスで、ホールスタッフとしてバイトデビューを果たしました。お店への飛込み求職から、店長の在店時間の確認、電話でのアポ取り、面接、採用まで全部自分でやりました。履歴書以外の提出書類は私と母が手伝いましたが、お店との直接のやり取りは本人がやっています。自立心、旺盛なること火の如しです。
とはいえ、やはり気にはなるので学習障害の事は伝えたのかと確認したところ、面接の時に「字が書けない」ことは伝えたそうです。店長さんは「基本的にこの仕事に字を書く場面はなく、領収書も印刷だから大丈夫」だと言って下さったそうです。「初めは誰かがついて、しっかり教えるから心配はいらない」「何も特別なことはなくて、気持ちよく食事してもらうのが仕事」だとも。店長さんの人間力と優しさに感動しました。
さてさて、ビデオ研修を受けて制服を貸与され、昨日は生まれて初めてホールで5時間働いた訳ですが、帰宅後は床に伸びてしまい使い物になりませんでした。ぐたーっと横になったまま「キツ過ぎる〜」「鉄板重過ぎる〜」と呻いていましたが、「もっと楽な仕事ってないん?」と聞くので、「そのうち必要な筋肉がついてきて、必要な手順とか配置を全部覚えてしまったら、そんなにキツくなくなると思うよ。」と応えると、「そうか」とあっさり納得して、一瞬でやる気を取り戻しました。「そのうち慣れるやろ」では納得しませんが、具体的に見通しを提示すれば話は早いです。これがアスペっ子を育てる醍醐味でしょうか。
娘の初バイトが上手くいくことを願います。でも、バイトが続かなくても、対人関係に傷ついても、自分の無能さに凹んでも、ついにはクビになったとしても、母親としての私は驚きません。私も中1の新聞配達から始まって、工場のライン、ガソリンスタンド、洗い場、ウエイトレス、家庭教師などなど、10代の間はいろんなバイトをさせていただきました。当時はまだまだ精神状態が安定せず、よくて数か月、酷いと数日しか続かなくて、多方面にご迷惑をおかけしました。自分の苦手分野に敢て飛び込んでは、アスペ的特性、ADHD特性、学習障害の本領を存分に発揮して、あらゆる場面でやらかしまくりました。10代のアルバイト経験は、その後の人生においてとても役に立ちましたが、当時の私が労働力としてお店や人の役に立っていたとは思えません。彼女が初めて自力で得た職場で、役に立つようになるまで働き続けられることを祈ります。
さてさて、この間の最大イベントといえば中学校卒業でしょうか。
娘は「卒業」にあたって、今だかつてなく泣きまくりました。思い返せば以前の彼女が怒り以外の感情で泣くことは稀であり、可愛がってくれた人に示される惜別の情にも、ほとんど反応したことがありませんでした。娘の情緒に欠ける表情や態度は、アンドロイドであるかのような違和感、作りものめいた不自然さを指摘されてきました。そんな本格派アスペである娘が、中学卒業を前に涙腺崩壊で制御不能に至るなど、大変興味深い眺めでした。初めて自力で獲得した居場所、確かに繋がったたくさんの人々、もう二度とは戻らない過ぎし日々への愛着。私の娘が学校を大好きになるとか、本当にあり得ないのですが、心の底からあり難いです(笑)。
「公教育には何も期待しない」、「娘を学校からも教育からも日本社会からも守る」。私の基本姿勢にブレはありませんが、娘が3年間の中学生活で、かけがえのない大切なものを得て、人として大きく成長したという事実は否定できません。親や親族がいくら褒め称えても満たしきれない、思春期を乗り切るための承認欲求が充分に満たされたと思います。他人の評価に縛られない心の自由と、挑戦する勇気を得たと思います。
先生方をはじめすべての関係者の方々、あの場所で出会ったすべての子どもたちに感謝します。娘が体験したすべて、私が目にしたすべてが感動であり奇跡でした。
実は娘の中学生活には興味深い点がたくさんあったのですが、ほとんどお伝えすることができませんでした。なぜならば、全校定員15人だからこそ可能な運営というものがあり、彼の学校に希望者全員を受け入れることは不可能だからです。どんなに美味しそうな餅を絵に描いても、今、飢餓に苦しむ人々には酷なだけだと思います。だから私はみなさんにお願いします。市長に、知事に、教育委員会に、短いお手紙を書いて欲しいのです。「今の学校に適応できない子どもたちのために、すべての学区に少人数制の分校を作ってください。」
校名も書けない娘の母校に感謝します。ずっと感謝してきましたし、これからもこの感謝が消えることはないでしょう。あの中学校を完璧に理想的な環境だとはご紹介できませんし、素晴らしくレベルの高い専門的な対応や配慮が、常に期待できるわけでもありません。それでも、娘が大切な時期をあの場所で過ごせたことに感謝します。常に完璧が最善とは限りません(笑)。愛情と熱意に溢れた先生方との出会いに感謝します。
では、近いうちに。
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