アスペによるアスペの子育て実践中の岩堀由美子です。
日本の春はしんどいです。視界が生命の息吹に満ち、そこらじゅうで新しい生活が始まる頃は、生きるのがしんどい仲間たちを失ってきた季節でもあります。
時には本気で命を語りましょう(笑)
その為に生き残ると決めたのだから(笑)
(もう、そんなこともめったに思い出さないけど)
かつての私は自分の存在そのものに耐えがたい苦痛を抱え、激しい希死念慮との戦いの終わりなど想像もできず、絶対に自分は子どもを生まないと思っていました。このような苦痛を経験するかもしれない誰かを、自分がこの世界に送り出すなんて、恐ろしい大罪だとしか思えませんでした。
たぶん二十歳前でまだ無職の女の子だった頃、この考えについて何の人間関係もない人と大激論になったことがありました。京大医学部の有名な基礎研の研究室で、まだ若い研究者だったある先生(今は凄く偉いんだそうですが)と何故かその話になってしまい、最後は私が興奮して泣き出す事態になりました。
その時の彼の主張は、「だから私は産まない」という選択は非科学的だということ、私と同じような精神的体験をする子どもが生まれる可能性は非常に低いこと、そのような子どもが生まれる確率は、すべての女性のすべての出産において等しいこと、予測不可能な子どもの運命について責任を問うのはおかしいことなどでした。
まだ発達障害や自閉症スペクトラムという言葉がなく、脳の機能障害に起因する日常生活の困難などが知られていない頃。疫病神に憑かれた荒ぶる魂を、言葉と思考と薬でねじ伏せていた頃。酷く感受性の鋭い少女の悲惨な体験から導かれた思いと、科学者として鍛えられた優秀な研究者の思考は、どうしようもなくかけ離れたものでした。
興奮して泣き出した私に彼が言ったことは・・・
そういう子が誕生する可能性は子を産むすべての女性の上に等しい。でも、そういう子が生まれた場合には、母親として上手く育てられる可能性を、あなたは誰よりも多くもっているじゃないか。
そんな言葉は私の心には届きませんでしたが、20年後、娘がたった4歳で酷い二次障害を発症し発達障害がわかった時、彼の最後の言葉を思い出しました。最愛の娘が自分と同じ苦しみを体験するのだと思った瞬間、私は恐怖と絶望でパニックを起こしていましたが、同時に最悪の未来を回避するという明確な意思と、彼の言葉を自分の中に見つけていました。
さてさて、あれから10年。
娘は重度のアスペですし、読み書き困難、計算障害の程度も相当ひどいです。小学校へ行かせず家で好き放題させて育てましたが、二次障害から抜け出すのには長い時間がかかりました。それでも、思春期を迎えた彼女の姿が「お母さんの恐れた未来なんて来なかったんだよ!」と語りかけてくれます。この年頃の私には欠片もなかった、「幸福に生きよう」という高い意欲に溢れています。紆余曲折ありながらの現在ですから、時には「こんなふうに産んでゴメンね」と心を痛めてしまった瞬間もありました。しかし、もうプライドの高い娘にそんな失礼な思いを抱くことはありません。生きていく上での障害はなくなりませんが、日々の娘の姿勢と言動が、果敢に進む彼女の未来を信じさせてくれます。
うららかな春の陽ざしのなかで、自分を殺したい気持ちを押し殺しているあなたに、届いて欲しい思いがあります。
私は人や社会や国の為に子どもを産んだのではないので、彼女が将来、自立出来なくても家族や社会のお荷物になっても、知ったこっちゃないし困りません。生きていてくれるだけで嬉しいし、喜んだり楽しんだりする姿を見られれば本当に幸せです。
人には縁起が悪いと驚かれますが、娘の名前は自殺してしまった友人に因んでつけました。幼馴染だった彼には普通の事を普通に出来ない場面が多々ありましたが、本当に愛すべき素晴らしい人間でした。私たちにとってかけがえのない大切な人でした。彼を失った悲しみと悔しさが消えることはないでしょうが、私たちは生きて行かなくてはなりません。
私に子どもができたら彼に因んだ名前をつけて、メチャクチャに甘やかして大切に育てようと決めていました。彼のようではなく、私のようでもない、娘の未来を見たいと思っています。
「無条件で自分の存在を肯定できる人間になって欲しい」
それだけが親になった私の、祈るような願いです。
「とりあえず、生きていてください」
次回
『発達障害児を育てる保護者さんとのおしゃべり会』
日時 4月22日(日)18時〜20時
場所 内房(アンパン)韓国料理
京都市中京区三条通り新町西入る南側
http://kyotoanpan.web.fc2.com/
参加費 1000円 韓国料理の軽食付き
軽食をご用意いたしますので、事前申込をお願いします。
yumiko@iwahori-fp.com
09066648403
岩堀由美子