重度のアスペでLDでディスレクシアという娘も、初めて発達検査を受けてから10年、先日14歳の誕生日を迎えました。気が付けば『THE 発達障害の子育て』という日々は過去になり、今は力いっぱい思春期に立ち向かう極めて個性的な少女を、ちょっと距離をおいて見守っているという感じです。

 

就学段階では酷い二次障害もあり、小学校には娘への対応を望める条件がありませんでしたので、精神科医の指示のもと、6年間は不登校で過ごしました。保育園を退園してからの長い長い7年半、娘はほとんどの時間を家族と家庭で過ごしましたが、昨年から不登校児を対象とする少人数制の公立中学に通うようになり、家の外に所属と居場所を確保し自信をつけた娘は、今は驚くべき行動力で自分の世界を拡げようとしています。

 

数年間の引籠り、聴覚過敏、触覚過敏、嗅覚過敏、集団行動への不適応、パニック、癇癪、不眠、偏食、暴言・・・指示受けは一切できず、読み書き計算など全く問題外の状態でした。日常生活における障害は果てしなく、躾けや教育なんて考える余裕もなくて、とにかく娘のストレスを軽減し不快感を緩和して、少しでも楽しい時間を経験させることにだけに気を使いました。本当に一切叱ったことはなくて、過保護だ甘やかしだという批判には、過保護はうちの「家風」だとか「家訓」だと応えていました。機嫌のいい時も悪い時も、やりたい放題の娘は一見わがままな野生児で、サリバン先生に出会う前のヘレン・ケラーか、潔癖症の狼少女かというくらいでした。

 

そんな娘が劇的に変わったのは4年生の頃でした。娘が初めて「おはよう」と言ってくれた日、字が読めていると気づいた日、私は感動で泣きました。限られた支援者さんたちとだけ繋がっていた娘の世界が、1人で外出したり、いろんな場面で人と話したり、外に開き始めたのもこの時期でした。

 

あれから数年。最近、娘の学校での様子を褒められることがしばしばあり、「ご家庭で何か特別な教育をされたのですか?」と先生から聞かれたりします。そこには、「全く小学校へ行っていないのにどうやって?」という驚きもあると思います。私からすると無理な小学校生活を経験していない分、娘には娘なりの成長をするためのエネルギーが確保されていたのだと思います。そして、今、周りの方々に評価されているような娘の姿勢や言動、生活習慣は親が躾けたり教えたものではなくて、娘自身の志向や美意識が、偶然、外側の評価基準にかなったものです。

 

あの頃と今の娘はまるで別人なのですが、娘の精神科の主治医には、「ゆえちゃんの本質は全く変わっていない。あるがままの自分を育てながら、社会と折り合いをつけようと試行錯誤しているんです。」と言われています。

 

「本質は全く変わっていない」という言葉を本当に嬉しく思います。それこそが、私の願いであるからです。

 

発達障害児の子育ては、日常生活における山ほどの障害との戦いです。でも、本当に戦っているのは子ども本人であり、一つ一つの障害をクリアしてゆくのも本人だと思います。主役はあくまでも子ども自身ですが、そばで付き合う保護者にも、ちょっとは子育てを楽にするポイントやスキルというものはあるように思います。今度、そんなお話を先輩ママたちに京都でしてもらいます。私の子育てについてはまだ途上ですので、発達障害に対する理解も支援もない時代に育った、私自身の経験をお話しする予定です。

 

発達障害児の子育てはあせらず・ゆっくりで大丈夫

日時 2017年12月4日(月)9時半~11時半(受付9時10分~)

定員 先着70名 参加者氏名を下記のアドレスに送ってください

        yoku_suru_kai@yahoo.co.jp

場所 こどもみらい館 4階 第1研修室

参加費 1000円

 

主催 NPO法人福祉広場  

    子どもたちの保育療育をよくする会

連絡先 NPO法人福祉広場 075‐465‐4130

 

 

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