お久しぶりです(*^_^*)
先月、祖母が98歳で大往生を遂げまして、自宅での看取りから葬儀場での今時にしては小さくないお見送りをしました。さらに子どもの頃から近所で可愛がってくれた大叔母(祖母の妹)も2週間と空けずに逝きまして、同じ葬儀場、同じ火葬場で一連の行事を繰り返しました。
で、エネルギーが切れまして、ここ暫し活動休止しております。
人が自宅で最期を迎える場合、何度も家族に決断を迫る場面が訪れます。腎臓の値が落ちてきたら透析をするのか、栄養状態が悪くなって来たら点滴をするのか、食べられなくなってしまったら・・・。最後まで自宅でと思っていても、病院に連れて行けばもっとできることがある場合に、それを選ばないのには相当の覚悟が要ります。目の前に死という現実が選択肢として提示されるからです。私たち家族の場合は、祖母の腎機能が不可逆的に落ちてしまい、肝臓や心臓の機能が下降をはじめ、口から栄養をとれなくなった段階で、あとは本人が痛い思いをしないように、なるべく苦しまないように対応してもらうことを決めました。祖母は在宅診療のドクターと訪問看護の看護師さん方に手厚く支えられていましたから、最後まで納得のいく看取りができたと思います。
祖母は亡くなる直前まで意識があり、コミュニケーションが取れました。連日、仕事が終わってから駆けつける叔母に、「あんた大阪からか?ご苦労さん。」などと声をかけていました。毎日ご訪問下さるドクターや看護師さんたちにも、最後まで「ありがとう」と手を合わせ続けました。妹が足をさすり私が手をつなぐなかで、いつの間にか逝きました。私たちが最後の瞬間に気付かなかったくらい、祖母はとても静かに逝きました。
今時は家族葬が流行りではありますが、「おばあちゃん」を大好きでいてくださったたくさんの皆さんに、お別れの機会を設けるのは家族の責任とも思われ、結果的にお花と涙に埋もれた大きなお葬式になりました。
お骨になった祖母と家に帰る車の中で、アスペの娘は「本当にいい二日間やったな」と言いました。たくさんの方々の心が篭ったお見送りだったので、「おばあちゃんの人徳やな」と応えたのですが、娘からは「セレマさんの仕事が凄かったな」という感想が返ってきました。
そこか!
アスペさんには隙のないスケジューリングとオペレーション、隅々まで気配りのされたお式が心地よかったようです。
本当に、支えてくださった全ての皆様に感謝です。こんなに長い間、私たち家族を支えてくれた祖母に感謝です。
娘の発達障害がわかった時、「私はびっくりせえへん、3人目やし」と言った祖母。70年前にとんでもない問題児の母を全く叱らずに育てた祖母。家中の襖に口紅で落書きしても、引き抜いた引き出しを二階の窓から投げ捨てても、よその家の窓に石を投げ込んでガラスを割っても、母を怒ることはなかったそうです。
アスペの私達がありのままの自分として生きてこられたのは、この祖母に守り育てられたからだと思います。今はただ、感謝の想いだけがこの身を包んでいます。