発達障害児は本当に多様ですが・・・とにかく、頑張らせないでください。これはもうお願いです。なぜかというと、本人は生きているだけで普通の人の何倍も頑張っているからです。
一般的に言えば発達障害というのは脳の神経の一部に機能不全があるという事ですが、社会的に言えば大多数の人と感性や思考パターンを共有していないという状態です。
これををどう考えるかというと、例えば右腕がない人は身体障害者ですが、もし、すべての人間の身体が左腕一本であるならば、社会全体がその前提で設計されているでしょうから、社会生活上の障害はないはずなのです。でも、現実には左利きだというだけでも、右利きが大部分を占める社会では日常的にかかるストレスが違ってきます。ドアもスイッチも自動販売機も、右利きの人に使いやすいように設計されているからです。
発達障害児の生活は小さなストレスの積み重ねの上に成り立っています。外国語を使って生活しているようなものであり、年齢が低い頃は暗号を解きながら外界と交信しているようなものでもあります。生きているだけで、我慢したり考えたりしながら忙しく心と頭を使っているわけですから、何をやるにもゼロからではなくマイナスからスタートしているようなことになります。これがハンデというものです。
パラリンピックや24時間テレビに感動するのは、多くの場合人並み外れた努力が想起されるからでしょうが、ちょっと考えればわかるように、ほとんどの人は努力してもオリンピックには出られません。それどころか、受験勉強を思い出してみればいいのですが、努力できること自体が一つの才能であり、誰にでも要求出来ることではないと思います。
障害者だからこそ普通の人の何倍も努力しなさいという子育てもあるようですが、親がそんなことを言わなくても子どもは普通に生きているだけで努力しています。よっぽど過剰に干渉しない限り、子どもは自分で生きる術を探して日々努力します。親がしっかり見つめるべきは、目の前の子どもがどれだけ頑張っているかだと思います。必要なのは自分のこどもの状態を、しっかり理解していることだと思います。子どもが限界ぎりぎりまで自分を追い込んで頑張っている時に、「なんで・・・」「もっと・・・」「ちゃんと・・・」などという無神経な声掛けをしないで欲しいものです。
私の娘の話をします。
私は娘をアスペはアスペのままに、学習障害は学習障害のままに、野生の自由人を育てようと全力で自由にさせてきました。それでも、現時点での本人は非常にストイックな努力家です。周りの大人や学校の先生にはその努力が見えていない場合があるようですが、よく見れば本人がどれだけ努力しているか、どれだけ高い要求を自分に課しているかわかります。
なので、現時点で親として私が果たすべき役割は、娘がオーバーヒートして焼け付かないように水をかけて冷やすことです。「まあいいやん」「そんな頑張らんときよし」「そんなら休みよし」と、リラックスを促します。まあ、タイミングを間違えると、高速回転している車輪に弾き返されるような反発を食らうわけですが。
子どもを頑張らせないでください。ゲームをしたり寝てばかりいる自分の子どもが怠け者にしか見えないとしたら、なぜゲームで外界を遮断しているのか、起きていられないほど疲れているのか想像してみてください。本当に子どもは勝手に頑張るので、その勢いを止められるわけでもありませんが、せめて無神経な声掛けくらいは飲み込んで見守ってください。
そして、残念なことに二次障害が起きてしまったら、子どもが納得しなくても一旦は強制終了という場合もあると思います。もし、子どもの病気が腎臓病で絶対安静が必要と診断されたら、いくら本人にやる気があってもハードな受験勉強をさせるわけにはいかないでしょう。肩や肘を壊した野球選手が悔しがるからといって、本人の望むままに投げ続けさせたりはしないでしょう。二次障害による精神疾患も同じことです。
とにかく、頑張らせないでください。いくら頑張っても、二次障害が起きたら全部リセットされてしまうのですから。あなたが何も言わなくても、頑張っているに決まっているのですから。