黙る、待つ、信じる。
ひたすらこの姿勢を徹底して子育てしてきました。
アスペの娘は重度の学習障害で、読み書き計算がひどく困難です。2歳頃にはひらがなもアルファベットも全部知っていたのに、いつまでたっても3音以上の言葉が読めるようにならないのがとても不思議でした。6歳時の検査でこれは読める日はこないと腹をくくってからは、学校へは行かせず集団にも入れず、「読み書きなんかできなくても生きていける」と繰り返し教え、読めなくても生きていける精神構造を構築すべく、ひたすらに自己肯定感と安心感、自尊感情の育成だけに注力してきました。とにかく、書かせたり読ませたりは一切せずに、本人が関心をもって自発的に読んだり書いたりすることだけをサポートし、称賛し続けてきたのです。
それが、10歳で突然、急激な発達が始まり、情緒も安定して出来ることが増え始めました。13歳の今では不登校児を対象とする少人数制の中学校へ通い、ゆっくりながら村上春樹の「風の歌を聴け」を読了し、スマホを使ってそれなりの文章も書くようになりました。英語も耳から入りつつあるようで、そのうち話せるようにはなりそうです。学校の授業も読み上げのための支援員さんがついてからは参加できているようです。試験は別室受験で問題文の読み上げをしてもらうと、それなりに興味のある教科については、そこそこ得点できることがわかってきました。
さてさて、こうなると欲が出てくるというものです。
娘はちいさいころからとても個性的な絵を描くことが出来るので、義務教育はすっ飛ばして高校卒業資格だけなんとか手に入れて、最終的には美術系の高等教育を受けさせたいと思っていました。無謀に聞こえるでしょうが私自身にも学習障害があり、中学と高校をすっ飛ばして、大学や大学院進学、留学などの高等教育だけを経験していたので、普通の勉強はできなくても興味のあることだけはできるという勝算がありました。それがありがたいご縁が繋がり中学生活を送れることとなり、今までは娘とは関係ないと思っていた「お勉強」というものが、全く無関係でもなくて、少しはできる可能性もあるという事がわかってきたわけです。
ここは難しい局面です。横で見ていると教えたくなってうずうずします(笑)。
学校へ行くだけで、先生方はなんとか少しでも学力をつけたいと尽力してくださいます。ここで私までお勉強を意識してしまったら、娘はとっても疲れてしまうに違いありません。現在はとても落ち着いているように見える娘ではありますが、内に秘めたエネルギーは元来制御困難な原子力のようなものであり、いったん負の方向に振れると凄まじい暴れ方が想定されます。とにかく、負荷をかけずにゆっくり自由に思春期を送ること、この方針からぶれるわけにはいきません。数年前と比べると別人のような娘ではありますが、「黙る、待つ、信じる」この基本方針を、いまいちど深く深く私の心に確認しておく必要があります。
それでも夢を見ていないわけではありません。どこまで伸びたとしても競争社会で使い物になるほどの読み書き能力は望めないという現実はかわりませんが、それでも、娘が心理学や哲学などに興味を示すと、学術分野での高等教育の機会を模索してしまいます。大学へ行ったからといって社会で使い物になるほどの能力がつくことはなくても、読み書きができないことで知的能力や判断力を疑われる可能性のある娘の将来を考えると、高等教育の学歴には普通の人たち以上の意味があるかもしれません。
もちろん、普通の条件で勉強することはできませんので、特別な配慮を得ることが前提になります。今考えているのは全盲の学生を受け入れた経験のある大学を探すことです。視覚障害によって読み書きができない学生と同レベルのサポートが得られれば、娘にも学問をするチャンスがありそうです。そのためには娘の特性を何らかの形で「障害」として公的に証明しておく必要があるでしょう。とても理解のある現在の中学校在学中に、その後に続く支援の実績も作っておいてもらう必要があるでしょう。
今の段階で娘に対して働きかけるべき事はないとしても、近い将来の選択肢を確保するためには、情報を集めて戦略を練るべき内容は多そうです。実のところ発達障害の子育ては情報戦で戦略勝負だというのが本音です。毎日がひたすらしんどくてそれどころじゃないという保護者さんたちには、「何のこと?」という感じかもしれませんが、そういう場合でも情報や経験の蓄積がある支援機関に繋がっておくことをお勧めします。似たような特性を持つ子は他にもいて、彼らの進路やキャリア形成はいろんな意味で参考になります。
さてさて、娘は毎日何万歩も街を歩き回ったり、マイナーな映画を観たり、イラストを描くことに忙しくしています。私はといえばひたすら我欲を抑え、娘がこの時期を心身ともに健康に過ごしてくれることだけを願い、祈るような気持ちで見守っています。13歳の娘はまだまだ苦手なことに集中的に取り組めるほどは安定していないと思いますが、遠からずそんな力がつく日を信じて黙って待とうと思います。