日曜日の午後、中1の娘はデート中です。

 

家族ぐるみの友人の中3の息子さんと二人で植物園へ行くというので、母は待ち合わせ場所の近くまでお送りさせていただきました。あんなにさわやかでお話も面白いイケメンとお出かけできるなんて、あの年頃の女の子にはとっても貴重な経験だと思います。私なんて不登校だった中学生の頃と言えば、ほとんど不良少年か大学生、学闘世代のオジさんとばかりご一緒していました。それはそれで楽しかったし、お付き合いくださった皆さんには感謝しかないんですが、あんな正統派のピュアな少年とお出かけなんて、「少女の夢」実現だと羨ましく思います。(まあ、私には夢見る余地もなかったわけですが)。だいたい、あんな少女まんがにしか出てこなさそうな男の子を発見して、自分から遊びに誘い出す娘には感心します。なんにしても、今しか楽しくないことを今できるのは素敵なことです。

 

実験のつもりで子育てしてきましたが、アスペの娘に自己肯定感とか安心感を与えて自然のままに育てるとると、なかなかに積極的な人が出来てくるのだとわかりました。娘には繊細で複雑な感情や思考もあるのですが、ほとんどの普通の人たちが持っているある種の情緒がすっぽり抜けているところもあります。時に合理的すぎる理系男子の特徴として描かれる情緒面の平板さは、じつはアスペルガー症候群の特徴じゃないのかと思います。今日のデートにしても、誘うのに羞恥心とか「断られて傷つきたくない」というような躊躇はなくて、「○○くんとお出かけしたら楽しいだろう」という、自分の望みにいたってストレートです。断られてもがっかりはするけど傷ついたりはしないようで、それで相手の自分に対する気持ちを斟酌したりもしないようです。もしかすると相手にどう思われているかには、関心がないのかもしれません。

 

そして、とても恐ろしいことに気付くのですが、これはある程度、私自身にも当てはまるかもしれません。愛情披瀝が激しい恋人がいても、それはそれでアリだったわけですが、相手の気持ちがわからなくてもそんなに気にならないタイプなのだとしたら、納得のいく点がたくさんあります。思い返せば自分が相手の事を好きだと思っている限りは満足で、相手の愛情に頓着した記憶がありません。私はこれを、自分は子どもの頃から充分以上に愛されてきて、愛情なら売るほどあるから求めることが少ないのだと思ってきました。が、しかし、もしかすると根本的に世の小説やドラマの描く世界と、私の心のありようは少し違うのかもしれません。

 

さてさて、娘は可愛いデートをお楽しみ中で、恋愛というほどの強い感情は伺えませんから、今を楽しんでいてもらいましょう。彼女がこの先どんな青春を過ごすのかはわかりませんが、願わくは相手を傷つけて、結果、自分も傷ついたりしないことを祈ります。