昨日は母と二人で娘の中学へ面談に行ってきました。

 

小学校へは行かせなかった我が家のアスペ娘も、中学へ通うようになり半年がたちました。ささやかな波風はありつつも、なんとか学校というものが日常生活の中に定着しつつあります。アスペというだけでは説明しきれない超絶個性に加えて重度のディスレクシア、発達指数の凸凹70などという世界は、身体はここにはいるけど本人は異次元を生きているというような不思議生物です。こんな娘を受け入れてくれている学校には本当に感謝です。

 

夏休み前に生まれて初めての試験を経験した娘ですが、次の試験を前に担任の先生からご提案をいただきました。別室で先生がついて下さり、問題文の読み上げと解答用紙の回答欄を示すという補助を入れていただくという案です。先月あたりから支援員さんがついて下さり、授業中にも同様の支援をいただいていて、それで落ち着いて授業に参加できてうまくいっているからという事です。要望をだすまえにご提案いただけるなんて、本当に物凄くありがたいです♡プライドの高い娘も、この半年の経験から「読む」という作業にはほとほと疲れていたようで、別室受験も込みで読み上げてもらえれることをすんなりと了承しました。

 

娘の知的レベルは決して低くはなくて、特に言語能力は大人と変わらないほどなんですが、記号や符号の認識については赤ちゃんか動物のようです。ちょっと気を抜くと4と14を判別できないというレベルです。先日は娘を信じてコインパークの清算をして、よそ様の駐車料金を600円も払ってしまいました!バスを乗り間違えることはわかっていましたが、大きくペンキで書かれた20以下の数字を間違えるとまでは思っていなくて、あらためて娘の生きる世界の不思議さを認識させられました。

 

最近の娘はかなり文章を読むのですが、必要な労力やスピードは私たちとは比べられません。英語が得意じゃなくて普段読む機会のない人が英文を読む、あるいは初級学習者が韓国語やアラビア語を読んでいるような感じを想像すればいいかもしれません。また、記号、符号を認識しにくい娘には、解答欄の当該箇所を探す作業は、試験問題そのものよりも難度の高いものになります。そこに配慮していただけるなんて、望外の幸せです。なんの支援もなければゼロだったものが、学習としてなりたち、少しでも娘の力になると思うとワクワクします。こういうことはいくら説明しても、なかなか理解してもらいにくいことだとは思いますが、紆余曲折在りながらも登校し授業に参加し続けた娘のがんばりと、そんな彼女の様子をしっかり見てくださった先生方のおかげで、問題の所在が共有できたのだと思います。

 

蛇足ですが文字を自発的に読ませるよう誘導する方法ですが、カラオケ、友達とのメール、ウィキペディアなどが一般的かと思います。加えて娘の場合は文学的な短編小説です。彼女は創作物のパワーに敏感に反応する方なので、ストーリーの面白さに引っ張られるというよりは、文章そのものに言語的力のあるものを好むことがわかりました。面白いけどページ数の多いラノベなどよりは、芥川龍之介や梶井基次郎の短編、軽いところでは山田詠美や村上龍の初期作品が読みやすいようです。ぎっしり詰まった文字を見るだけで頭の痛くなる娘ですが、最近では古文や漢文の読み下し文などもそれなりに読んだりします。娘くらいの能力でこれだけ読めるのは奇跡だと思うのですが、家では一切勉強させないで、一度も文字を教えなかった成果が出てきたと思っています。

 

馬鹿にしていると言われそうですが私たちの子どもの頃には、男子に英語を勉強させたければポルノ小説を原文で読ませればいいとか言われていて、実際それで読めるようになったというオジさんたちがいたものです。出来ないことをさせられると嫌になります。嫌いになって心と身体に拒否反応が出ます。ただでさえ低い能力が抑圧された状態になります。これでは可能性が伸びないと思うのです。潜在能力まで引き出して与えられた能力を遥かに超えていくためには、限りない自由と欲望が必要だと信じています。しんどいことをやるには自らのうちから沸き上がる、原動力がいると思うのです。

 

さてさて、たくさんのありがたいご配慮をいただいて、娘も公教育の恩恵にあずかり、学校という場での学習という事が成り立ってきたようです。焦らず、浮かれず、楽しみに見守っていきたいと思います。