こんにちは!

躁状態脱出宣言をしたばかりなのに、睡眠時間2時間で朝から言葉が溢れてくる私です。

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知らない間に薬が増えすぎて躁状態になっていたらしい私ですが、しばらく前に一人飲みのカフェバーでやらかしてしまいました。(今でもカフェバーってあるんですね!)。ワイン3杯からのあとはひたすらウイスキーのロックで酔っぱらったあげく、フランスから京大の大学院に2ケ月だけ研究に来ているという、台湾人の理系女子をひっかけてしまいました。

「日本人のおうちに入ったことある?」「入ってみたい?」「じゃあ、私のおうちにご招待するわ!」とか調子のいいことを言ってハグまでして盛り上がりました。さてさて、お酒を飲んだ翌朝はすっきり元気で起きられるわけですが、彼女とのやりとりを思い出して真っ青になりました。

私のおうちは両親との同居です。しかも、半年前に97歳の祖母が倒れて以来、パブリックスペースであるリビングに祖母の介護用ベッドを置いています。しかも人見知りで無駄吠え女王のポメラニアンまでリビングにいます。普通に考えると、とても人様をお招きできる状況ではありません。しかも私はメチャクチャ忙しいうえに体調不良で、どうやったら彼女と半日過ごせるかわかりません。たっぷり数十秒は頭を抱えました。

それでも、私はやり切りました(≧▽≦)

家に手料理を準備して駅で待ち合わせ、本当は嵐山あたりを散策する予定でしたが、さすがの暑さと人の多さで断念し、周山をドライブして日本のログハウス第一号と言われるカフェで夕方まで過ごし、最後に数時間ばかり日本の家庭を楽しんでもらいました。彼女は本当に魅力的で素敵な子なので、ドライブに同行した娘も出迎えた家族も、みんな彼女との出会いをとっても楽しみました。

やっぱり一期一会のご縁は素敵(*^_^*)

もともと我が家には外国からのお客様が多いのですが、それは母が箏曲家で文化交流が多いことに加え、私が若い頃に長らく外国で暮らしていたからです。可愛い娘を外国に出していた私の家族は、「娘も異郷の地で現地の人の世話になっているだろう」「私たちも異邦人にはお返しをしなくては」という気持ちだったそうで、日本音楽を勉強する留学生たちを中心に、たくさんの外国人を家でもてなすようになったようです。

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私もいろんな国でおうちに招いていただきましたが、イギリスには3年いてもいわゆる「家庭」というところには、あまり招かれたことがありません。友達のフラットでホームパーティーとかはありましたが、彼らのほとんどは一人暮らしか、せいぜいパートナーがいるくらいでした。気楽な学生が出会える人々は、やっぱり気楽な学生であることが多かったです。それに引き換え中国での経験は圧倒的でした。部屋に水道もトイレもない都会の労働者長屋から、国家の単位に分配されたおうち、庶民のアパートや持ち家、超セレブなペントハウスからプール付きの豪邸、とんでもない僻地の農村の農家まで、ありとあらゆるところで泊めていただきご馳走になりました。しかも私をもてなすために家族だけじゃなくて、しばしば親しい友人や親戚まで呼んでおいてくれました。私が現地で婚活に明け暮れていたころには、おすすめの部下や可愛がっている甥、独身の同級生なんかも交じっていたりしました。いろんな地方出身の様々な階級の中国人の、多様性に富んだ家庭料理をご馳走になり、私は骨まで中国に埋める気になっていました。

さてさて、私のおうちは平均的でも代表的でもありませんが、まあ、日本にある日本のおうちです。そこにお招きするだけで外国から来た相手には、金閣寺、二条城、嵐山クラスのインパクトがあります。想像してみてください。私たちの街は色んな外観のいろんなタイプの建物と生活で成り立っているわけですが、多くの外国人にとっては、日本人の生活空間は完全なブラックボックスです。そこに招き入れられた人は、一気に日本人を身近に感じるようになります。一部の雑誌に載るような注文建築や町屋、SNSに載るような見栄えのいいお料理である必要はありません。たぶん、お好み焼きでもお鍋でも、スーパーのお惣菜でもおにぎりでもいいのです。外国人は日本人の生活を日本の常識でチェックできませんから、ママ友や近所のおばさんより気楽に招ける相手です。さあ、気楽に民間外交展開しましょう(*^_^*)

ちなみに、私はそれなりに英語や中国語を話しますが、私の家族のツールは常に京都弁です。父も母も片言の英語で世界中の人と交流しますし、相手がほとんど英語を話せないこともあります。今はにっこり笑って握手する程度の97歳の祖母も、少し前までは最前線でおもてなしをしていました。誰に対してもかわることのない京都のおばあちゃんの態度は圧巻で、ロシア人、中国人、アフリカ人、アラブ人、南米人、相手の母語などわからなくても、どんどん京都弁で話し続けていました。まあ、私がいれば少しは通訳などもしていたわけですが、どうせ内容のあることも大事なこともありません。「おいしいか?」「これが好きなん?」「もっとおあがり」「いつでもまたおいでね」。相手も声音と表情でだいたいわかるらしく、言葉なんか通じなくても喜ばれます。

さてさて、冒頭の台湾の理系女子は本当に魅力的な女の子でしたが、飲み屋で意気投合しただけの、娘のような年頃のお嬢さんです。この先も別に利害関係とかないし、お互い忙しいのでもう会うこともない気がします。じゃあ、どうしてあの日あんなに頑張って、私は貴重な半日を彼女のためにあけたのか?あの夜、私が酔っていたからです。それでも、若い台湾人に「日本人は口だけだ」「酒の席での戯言だ」「社交辞令を本気にしてはいけない・・・」などとは思われたくありませんでした。私には中国人の熱烈歓迎から学んだことがあります。私の言葉と態度が日本人のイメージに繋がる、あるいは日本人のイメージを変える。一人の外国人を日本の虜にするチャンスでもある。一人でも多くの外国人に、日本の運命を他人事とは思えない親近感を与え残す。それは個人レベルの平和外交の実践であり、私にもできる安全保障の努力です。笑っちゃうくらいささやかな、祈りにも似た本気です(*^_^*)。