実年齢より精神発達がずっと幼い子どもを育てるお母さんには、「いつまでも子ども扱いして甘やかしている」という非難が付きまとうようです。でも、周りから見ると異様に見える光景も、子どもの事を一番知っている母親が、子どもの現実に適した対応をしているのかもしれないと考えてみてください。

たとえば、6歳児なのだから普通の6歳児のように扱うというのは私には違和感があります。実年齢がどうであれ、本人が生きている現実が3歳児の世界なら、3歳児に対する配慮が必要だと考えます。実年齢に合わせた態度や能力を求めても、子ども本人にとっての最大限の発達を引き出せるわけではなく、発達段階に即した対応とは言えないと思います。

私の友人の息子さんは自閉症で中学2年生の男の子ですが、外出先でも5歳児のようにお母さんにまとわりついて甘えています。周りには「事情を知らない人が見たら異様な光景だ」と気にする人もいます。でも、そんなことは友人も解っていると思います。どう見られても、どう非難されても、彼女は息子の生きる現実に寄り添い続けると思います。13歳の彼はこれ以上ないくらい頑張っているのだから。部分的には5歳児の気持ちと能力のままでも、必死に中学生としての社会生活をしているのだから。

友人の息子さんは就学期になっても、全く言葉がでず、まっすぐ歩けず、首も傾いたままだったそうです。彼の幼児期を知る人が今の彼を見ると、普通の中学生にしか見えないので、完全に想定を超えた成長ぶりに驚愕するといいます。それは、ありのままの彼を受け入れ、彼の発達段階に即した対応を続けてきたお母さんの起こした奇跡だと思っています。

小学3年生で支援級から普通学級に編入した彼は、中学になって酷いいじめの対象になり、少人数制中学に転校しましたが、電車での通学も勉強も頑張っています。お母さんだけは絶対に自分を受け入れてくれるという安心感があるから、不可能なはずの成果をあげ続けられるのだと思っています。認識能力や精神年齢の一部は5歳児のままでも、彼の現実を理解して受け入れてくれる人に支えられているから、年齢分の経験値を積んで行くことで、彼にとっての最大限の発達が引き出されていると思います。

この先、彼の精神年齢や能力がどこまで伸びるのかは解りませんが、完全にみんなと同じ普通の20歳や、年相応の40歳になるというのは非現実的な気がします。それでも、彼はお母さんと二人三脚で、生きていくのに必要な教育を受け、社会参加を目指すでしょう。周りに違和感を与えない振る舞いも、出来るものなら時期が来れば出来るだろうし、一生出来るようにならなくても、生きていけないわけではありません。

蛇足ですが、私の娘の能力と精神年齢にも、成人レベルと言われるところと、3歳児以下と言われる凸凹があります。検査をすれば記号や符号の認識がほぼ完全に欠けているので、一生読み書き計算は不可能だと判断されるレベルですが、12歳の娘はネットで情報を探し、スマホで小説を書いています。ゆっくりですが少しはペンで書くこともできますし、計算機を使えば算数や数学の問題を考える事もできます。これだけの発達を見られたのは、周りが娘の発達段階に合った対応をしてきたからだと思っています。娘を小学校へやらず家で育てたのは、集団の中で彼女の発達特性に合わせた対応してもらうのは、現実的に不可能だと思ったからです。

発達障害児は年齢条件から想定される、一般的な発達過程とは異なる発達過程をたどります。彼らに対しては一般的な年相応の対応を適切だとは思わないし、みんなと同じ年相応の振る舞いを要求するのも、本人の発達を支援する上では意味がないと思います。子育てや教育の最終目標は「普通になること」ではなく、本人にとっての最大限の発達を実現し、社会参加することだと思うからです。

どこまで伸びるかは解りません。
何歳で社会参加できるかも解りません。
それでも、覚悟をもって付き合いますから、
娘にも、発達障害の子どもたちにも、
それぞれの幸せな人生を掴んで欲しいです。