アスペでLDで6年間不登校の娘が、
今日、小学校を卒業した。
その場に至るまで予想もしていなかった、
あまりに心のこもった一人卒業式に、
私たちのようなアスペ親子でさえ、
感謝と感動が止まらない。
私たちの小学校は、
うちの娘たった一人の為に、
盛大な卒業式の余韻を残す体育館で、
学校中の先生方参列のもと、
とても厳かな卒業式をしてくださった。
娘は胸に花をつけてもらい、
音楽も司会もある式場で、
卒業生の一人として名前を呼ばれ、
花と校旗と国旗の飾られた壇上で、
校長先生から卒業証書を受け取った。
ピアノ伴奏の中、両側に並ぶ先生方の間を、
たくさんの「おめでとう!」を浴びながら退場した。
見送ってくださったすべての方々から、
娘への暖かい気持ちが溢れているようだった。
最後の最後まで娘の小学校には、
信じられないくらい感動させてもらった。
本当の事をいうと、
曾祖母の緊急入院や私自身の体調不良、
年度末と新年度に向けての手続き諸々に加え、
今月に入り学校側の事情で放課後登校もなくなり、
気がつけば何の心の準備もないままに、
慌ただしく今日の卒業を迎えた。
「一人卒業式」には小さなトラウマがあった。
私は十五の春、地元有名校の校長室で母と二人、
あまりにも不愉快な卒業手続きをした。
私の卒業証書は母が学校から脅し取ったようなもので、
「決して本校の卒業資格をもって高校受験をしない」
という誓約のもと、いかにも嫌々渡されたものだ。
私にとっての「一人卒業式」は、
暴れ出したいような不快感と、
部屋中に張りつめていた、
異様な緊張感の記憶でしかない。
たぶん私は無意識のうちに、
娘の「卒業」を事務的にやり過ごす気でいた。
そんなわけだから、
今日の卒業式はいい意味で衝撃的だったけど、
よく考えたら今さら驚くのは学校に失礼だ(笑)。
入学から卒業までの6年間、
小学校は一度も私たちを傷つけなかった。
発達障害児とその保護者にとって、
あるいは、不登校児とその保護者にとって、
これがどれほど稀有な事か私は知っている。
今日の一人卒業式が神対応なんじゃなく、
この6年間の一貫性こそが真の神対応なんだ。
今さらだけど感動が止まらない。
感謝が大きすぎて行き場もない。
校長先生、名前を連ねきれないすべての先生、
すべての学校関係者の皆さま、
本当に本当にありがとうございましたm(__)m
今日、小学校を卒業した。
その場に至るまで予想もしていなかった、
あまりに心のこもった一人卒業式に、
私たちのようなアスペ親子でさえ、
感謝と感動が止まらない。
私たちの小学校は、
うちの娘たった一人の為に、
盛大な卒業式の余韻を残す体育館で、
学校中の先生方参列のもと、
とても厳かな卒業式をしてくださった。
娘は胸に花をつけてもらい、
音楽も司会もある式場で、
卒業生の一人として名前を呼ばれ、
花と校旗と国旗の飾られた壇上で、
校長先生から卒業証書を受け取った。
ピアノ伴奏の中、両側に並ぶ先生方の間を、
たくさんの「おめでとう!」を浴びながら退場した。
見送ってくださったすべての方々から、
娘への暖かい気持ちが溢れているようだった。
最後の最後まで娘の小学校には、
信じられないくらい感動させてもらった。
本当の事をいうと、
曾祖母の緊急入院や私自身の体調不良、
年度末と新年度に向けての手続き諸々に加え、
今月に入り学校側の事情で放課後登校もなくなり、
気がつけば何の心の準備もないままに、
慌ただしく今日の卒業を迎えた。
「一人卒業式」には小さなトラウマがあった。
私は十五の春、地元有名校の校長室で母と二人、
あまりにも不愉快な卒業手続きをした。
私の卒業証書は母が学校から脅し取ったようなもので、
「決して本校の卒業資格をもって高校受験をしない」
という誓約のもと、いかにも嫌々渡されたものだ。
私にとっての「一人卒業式」は、
暴れ出したいような不快感と、
部屋中に張りつめていた、
異様な緊張感の記憶でしかない。
たぶん私は無意識のうちに、
娘の「卒業」を事務的にやり過ごす気でいた。
そんなわけだから、
今日の卒業式はいい意味で衝撃的だったけど、
よく考えたら今さら驚くのは学校に失礼だ(笑)。
入学から卒業までの6年間、
小学校は一度も私たちを傷つけなかった。
発達障害児とその保護者にとって、
あるいは、不登校児とその保護者にとって、
これがどれほど稀有な事か私は知っている。
今日の一人卒業式が神対応なんじゃなく、
この6年間の一貫性こそが真の神対応なんだ。
今さらだけど感動が止まらない。
感謝が大きすぎて行き場もない。
校長先生、名前を連ねきれないすべての先生、
すべての学校関係者の皆さま、
本当に本当にありがとうございましたm(__)m