発達特性に鑑み集団に入れずに育ててきた娘も、
今春の中学進学を迎えようとしています。
本当にありがたいことに、地域の小学校ではこの六年間、
自己肯定感を育て安心感を積み上げるという私の方針に、
最大限のご協力をいただいてきました。
4歳で保育園へ行けなくなり発達障害の診断がついた娘は、
小学校入学時には酷い二次障害で引き籠っており、
週に1回30分の放課後登校も、
行けたり行けなかったりで大変でした。
無理に連れては行かないものの、
家から出ること自体がストレスで、
学校へ行った日は帰宅後に荒れ狂ったりして、
家族のストレスも相当なものでした。
それでも学校と繋がり続けようとしたのは、
娘の中で学校を得体の知れない場所にしたくない、
家の外に一つでも安心できる場所を増やせれば・・・
そんな願いがあったからです。
私たちは小学校と幸運な出会いをしました。
集団学習や集団生活という学校本来の機能は娘のニーズに合いませんので、
当初は学校に何かしてもらえるという期待はありませんでした。
それでも入学当時の校長先生は
「何か私たちにできることはありませんか?」
と、私たちに関わろうとしてくださいました。
低学年のころは自分の興味や空想のおもむくままに、
何時間でも一方的に話し続ける娘と毎日付き合い、
私も家族もとても疲れていました。
たとえ1週間に30分でも1時間でも、
家族以外の大人に娘の相手をしてもらえることは、
私や家族にとって大変ありがたい事でした。
徐々に担任の先生との信頼関係が構築され、
保健の先生や校長先生ほか安心できる先生方の数が増え、
たまには学級活動に参加したりもしながら、
少しは登校を楽しみにできるまで長い時間がかかりました。
先生が変わるときにも丁寧な引き継ぎをしてくださり、
学校の対応が突然変わるようなことはありませんでした。
6年間で4人の担任の先生と2人の校長先生にお世話になり、
4年生からは娘のために学生ボランティアさんも手配して下さいました。
何年間も毎週、車で送り迎えして校門で待機していましたが、
今では登校時間になれば自分で歩いて学校へ行きます。
あたり前の事だと思われるかもしれませんが、
この現状は私たちにとっては夢のような喜びです。
今の日本には娘の発達特性に合った学校というものがなく、
世間的には不登校児童でありながらも、
娘が「学校」に対して悪いイメージを持たずに来られたのは、
学校で傷つけられた経験がないからです。
みんなが行く学校に自分だけが行けないのに、
疎外感や劣等感、罪悪感を持つことなく
あるがままの自分と外の世界を受け入れて行く過程で、
小学校との関わりは大きな支援になりました。
地域の小学校にも自分の居場所があり、
自分は先生たちに大切にされている。
その経験は娘が安心感を獲得するうえで、
とても貴重な財産になりました。
母親である私も学校教育に適応しない子どもでしたので、
小学校を卒業する頃にはストレスから精神を病むに至り、
中学にも高校にも行けず長い時間を二次障害と闘って過ごしました。
私にとって小学校生活はトラウマ以外の何物でもなく、
今でも学校に対して生理的な嫌悪感がないとは言えません。
それでも、娘の保護者として関わったこの6年間を通して、
たくさんの先生方への信頼や感謝が生まれました。
学校制度や教師という立場に対する激しい不信感は解消し、
学校との関わりで発生する様々な問題についても、
個別の人間関係の一つとして対応できるという認識に変わりました。
娘の小学校との繋がりを通して、
私の魂も少なからず救われたのだと思います。
さてさて、
今も学校との関係に苦しんでいる仲間たちがたくさんいます。
私たちのケースは幸運な出会いに恵まれたのだと思っています。
結局のところ、子どものメリットにならない場合は、
学校へ行く必要は全くないと思っています。
それでも、一部でも参考にしてもらえるならと思って以下を書きます。
・就学前に学校へ電話し校長先生に面談を求める。
・学校との面談には母親一人で行かない(必ず夫か祖父母、支援者などを同伴)
・保育園や療育施設の関係者、精神科医などから学校に情報連携してもらう。
・子どもの特性やその他の事情、求めたい配慮は文書で提出する。
・提出する文書は校長、担任、養護教諭など宛先を明記し複数持参。
・誰にでも学校教育を受ける権利があるとはいえ、学校も無い袖は振れないと心得る。
(対応能力がない相手に強硬に要求しても、現実的成果は得られない)
・自身の教育方針や見通しを伝え、責任は親が取るという姿勢を明確にしておく。
・教師も労働者であり能力も千差万別である、可能な範囲の協力に感謝する。
以上は、ママ友ネットワークの中で共有した情報と私の基本姿勢です。
あらためて、娘の小学校の関係者の皆様には心から感謝します。
春からは中学校との新たな関わりを構築しなければなりません。
娘が思春期に関わる場所の一つとして、確保できたらとても助かるんですが(笑)
今春の中学進学を迎えようとしています。
本当にありがたいことに、地域の小学校ではこの六年間、
自己肯定感を育て安心感を積み上げるという私の方針に、
最大限のご協力をいただいてきました。
4歳で保育園へ行けなくなり発達障害の診断がついた娘は、
小学校入学時には酷い二次障害で引き籠っており、
週に1回30分の放課後登校も、
行けたり行けなかったりで大変でした。
無理に連れては行かないものの、
家から出ること自体がストレスで、
学校へ行った日は帰宅後に荒れ狂ったりして、
家族のストレスも相当なものでした。
それでも学校と繋がり続けようとしたのは、
娘の中で学校を得体の知れない場所にしたくない、
家の外に一つでも安心できる場所を増やせれば・・・
そんな願いがあったからです。
私たちは小学校と幸運な出会いをしました。
集団学習や集団生活という学校本来の機能は娘のニーズに合いませんので、
当初は学校に何かしてもらえるという期待はありませんでした。
それでも入学当時の校長先生は
「何か私たちにできることはありませんか?」
と、私たちに関わろうとしてくださいました。
低学年のころは自分の興味や空想のおもむくままに、
何時間でも一方的に話し続ける娘と毎日付き合い、
私も家族もとても疲れていました。
たとえ1週間に30分でも1時間でも、
家族以外の大人に娘の相手をしてもらえることは、
私や家族にとって大変ありがたい事でした。
徐々に担任の先生との信頼関係が構築され、
保健の先生や校長先生ほか安心できる先生方の数が増え、
たまには学級活動に参加したりもしながら、
少しは登校を楽しみにできるまで長い時間がかかりました。
先生が変わるときにも丁寧な引き継ぎをしてくださり、
学校の対応が突然変わるようなことはありませんでした。
6年間で4人の担任の先生と2人の校長先生にお世話になり、
4年生からは娘のために学生ボランティアさんも手配して下さいました。
何年間も毎週、車で送り迎えして校門で待機していましたが、
今では登校時間になれば自分で歩いて学校へ行きます。
あたり前の事だと思われるかもしれませんが、
この現状は私たちにとっては夢のような喜びです。
今の日本には娘の発達特性に合った学校というものがなく、
世間的には不登校児童でありながらも、
娘が「学校」に対して悪いイメージを持たずに来られたのは、
学校で傷つけられた経験がないからです。
みんなが行く学校に自分だけが行けないのに、
疎外感や劣等感、罪悪感を持つことなく
あるがままの自分と外の世界を受け入れて行く過程で、
小学校との関わりは大きな支援になりました。
地域の小学校にも自分の居場所があり、
自分は先生たちに大切にされている。
その経験は娘が安心感を獲得するうえで、
とても貴重な財産になりました。
母親である私も学校教育に適応しない子どもでしたので、
小学校を卒業する頃にはストレスから精神を病むに至り、
中学にも高校にも行けず長い時間を二次障害と闘って過ごしました。
私にとって小学校生活はトラウマ以外の何物でもなく、
今でも学校に対して生理的な嫌悪感がないとは言えません。
それでも、娘の保護者として関わったこの6年間を通して、
たくさんの先生方への信頼や感謝が生まれました。
学校制度や教師という立場に対する激しい不信感は解消し、
学校との関わりで発生する様々な問題についても、
個別の人間関係の一つとして対応できるという認識に変わりました。
娘の小学校との繋がりを通して、
私の魂も少なからず救われたのだと思います。
さてさて、
今も学校との関係に苦しんでいる仲間たちがたくさんいます。
私たちのケースは幸運な出会いに恵まれたのだと思っています。
結局のところ、子どものメリットにならない場合は、
学校へ行く必要は全くないと思っています。
それでも、一部でも参考にしてもらえるならと思って以下を書きます。
・就学前に学校へ電話し校長先生に面談を求める。
・学校との面談には母親一人で行かない(必ず夫か祖父母、支援者などを同伴)
・保育園や療育施設の関係者、精神科医などから学校に情報連携してもらう。
・子どもの特性やその他の事情、求めたい配慮は文書で提出する。
・提出する文書は校長、担任、養護教諭など宛先を明記し複数持参。
・誰にでも学校教育を受ける権利があるとはいえ、学校も無い袖は振れないと心得る。
(対応能力がない相手に強硬に要求しても、現実的成果は得られない)
・自身の教育方針や見通しを伝え、責任は親が取るという姿勢を明確にしておく。
・教師も労働者であり能力も千差万別である、可能な範囲の協力に感謝する。
以上は、ママ友ネットワークの中で共有した情報と私の基本姿勢です。
あらためて、娘の小学校の関係者の皆様には心から感謝します。
春からは中学校との新たな関わりを構築しなければなりません。
娘が思春期に関わる場所の一つとして、確保できたらとても助かるんですが(笑)