学校へやらずに育てている娘も6年生になり、
世間一般とは異なる成育歴の影響による、
人格形成上の特徴のようなものも現れて来ました。
彼女を肯定的に受け入れてくれる大人に囲まれ、
どちらかというと高齢者との接触の多かった娘は、
彼女の同世代の子どもたちとは共有するところのない、
個性的なセンスを発揮しつつあります。
身だしなみやマナーについての考え方は、
母親である私よりもうんと厳格である一方で、
無意識に扇情的なデザインを好むという特徴もあります。
とても小学生にはみえない、
東洋系の欧米人のような姿をしていることが多いです。
そんな彼女が最近、嫌悪感をあらわにするのが、
ギャル系といわれる女の子たちに対してです。
テレビや街で見かける彼女たちの言葉遣いやファッションについて、
下品、軽薄、頭が悪い、どんな母親になるのか、
社会の迷惑、日本の未来が心配だなどと、
悪口の限りを並べたてます。
正直、母はとても残念に思っていますが、
娘はこの件については感情的になっているので、
私の反論は今のところ受け入れられないようです。
若者のファッションはいつの時代においても、
常にエキセントリックであったと思いますし、
同世代の特定のグループにしか通じない言葉もまた、
それぞれの時代を彩る文化だと思います。
かつて少女だった私の趣味もどちらかと言えば娘に近くて、
ずいぶん個性的な姿だったように思いますが、
私自身は「あまり賢くない同世代の女の子たち」を熱愛しました。
学校のお勉強や社会問題などには全く関心なく、
将来のための計算など度外視した青春を謳歌し、
自分たちの仲間内でしか評価されないおしゃれに熱中し、
大人には耳障りな崩れた言葉で、
あられもない内容のおしゃべりに興じる、
そんな女の子たちが大好きでした。
私に言わせれば、11歳である現段階の娘の不寛容は、
とても表面的なものだと感じます。
普通に学校へ通って同世代の集団の中で過ごしていたなら、
頭がよくて意地悪な子、要領が良くてずるい子、
品行方正で卑怯な子、色んな人間を見たはずです。
悪意のある人間は大人の社会にも常に存在しますから、
娘もそのうち人間のどうしようもなさに触れる時が来るでしょう。
悪意は、マナーや身だしなみや言葉遣いの裏にあるものです。
この評価の厳しい世の中で社会的規範の外にはみ出して、
自分自身に不利な目印を付けている少女達なんて、
計算高いところのない、罪のない可愛い存在だと思います。
私は温室での子育てをしています。
メリットもデメリットもあると承知の上で、
たった一度のやり直しの効かない子育てに、
私はこういう選択をしているわけです。
まだまだすべてが発展途上であり、
この先も長い時間がかかります。
これから思春期という山場を迎え、
娘がどういう価値観を育て、
どのような人格を形成するか、
楽しみながら関わっていくつもりです。
さてさて、現時点での娘の姿を感謝をもって眺めます。
発達検査の数字からは望むべくもない成長を見せ、
診断のついた4歳頃から思えば夢のように落ち着き、
自己肯定感と自尊感情をしっかり備えた11歳の娘がいます。
本当にここまでよく育ってくれたと、
関わって下さったたくさんの支援者の方々と、
喜びを分かち合う今日この頃です。
世間一般とは異なる成育歴の影響による、
人格形成上の特徴のようなものも現れて来ました。
彼女を肯定的に受け入れてくれる大人に囲まれ、
どちらかというと高齢者との接触の多かった娘は、
彼女の同世代の子どもたちとは共有するところのない、
個性的なセンスを発揮しつつあります。
身だしなみやマナーについての考え方は、
母親である私よりもうんと厳格である一方で、
無意識に扇情的なデザインを好むという特徴もあります。
とても小学生にはみえない、
東洋系の欧米人のような姿をしていることが多いです。
そんな彼女が最近、嫌悪感をあらわにするのが、
ギャル系といわれる女の子たちに対してです。
テレビや街で見かける彼女たちの言葉遣いやファッションについて、
下品、軽薄、頭が悪い、どんな母親になるのか、
社会の迷惑、日本の未来が心配だなどと、
悪口の限りを並べたてます。
正直、母はとても残念に思っていますが、
娘はこの件については感情的になっているので、
私の反論は今のところ受け入れられないようです。
若者のファッションはいつの時代においても、
常にエキセントリックであったと思いますし、
同世代の特定のグループにしか通じない言葉もまた、
それぞれの時代を彩る文化だと思います。
かつて少女だった私の趣味もどちらかと言えば娘に近くて、
ずいぶん個性的な姿だったように思いますが、
私自身は「あまり賢くない同世代の女の子たち」を熱愛しました。
学校のお勉強や社会問題などには全く関心なく、
将来のための計算など度外視した青春を謳歌し、
自分たちの仲間内でしか評価されないおしゃれに熱中し、
大人には耳障りな崩れた言葉で、
あられもない内容のおしゃべりに興じる、
そんな女の子たちが大好きでした。
私に言わせれば、11歳である現段階の娘の不寛容は、
とても表面的なものだと感じます。
普通に学校へ通って同世代の集団の中で過ごしていたなら、
頭がよくて意地悪な子、要領が良くてずるい子、
品行方正で卑怯な子、色んな人間を見たはずです。
悪意のある人間は大人の社会にも常に存在しますから、
娘もそのうち人間のどうしようもなさに触れる時が来るでしょう。
悪意は、マナーや身だしなみや言葉遣いの裏にあるものです。
この評価の厳しい世の中で社会的規範の外にはみ出して、
自分自身に不利な目印を付けている少女達なんて、
計算高いところのない、罪のない可愛い存在だと思います。
私は温室での子育てをしています。
メリットもデメリットもあると承知の上で、
たった一度のやり直しの効かない子育てに、
私はこういう選択をしているわけです。
まだまだすべてが発展途上であり、
この先も長い時間がかかります。
これから思春期という山場を迎え、
娘がどういう価値観を育て、
どのような人格を形成するか、
楽しみながら関わっていくつもりです。
さてさて、現時点での娘の姿を感謝をもって眺めます。
発達検査の数字からは望むべくもない成長を見せ、
診断のついた4歳頃から思えば夢のように落ち着き、
自己肯定感と自尊感情をしっかり備えた11歳の娘がいます。
本当にここまでよく育ってくれたと、
関わって下さったたくさんの支援者の方々と、
喜びを分かち合う今日この頃です。