娘の通っていた保育園のOB会を立ち上げるにあたり、
初代会長を引き受けてしまいました。
今の私は日々の生活に本当に余裕がなく、
何かを始めるような立場ではないのですが、
保育園の保護者OBに余裕のある人なんて誰もいないと思い、
とりあえず、旗を振ってみることにしました。
あの保育園で一時期を過ごした私たちには、
共有できる価値観があると信じたい。
みんなで繋がって保育園を見守ることで、
私たちの保育園を守れるかも知れない。
そこに絆が生まれるならば、
それはいつか私たち自身を支えるかもしれない。
私の娘が保育園に通っていたのは7年も前の事ですし、
自分自身は特に保育に関心があるわけでもありませんが、
今、日本の保育制度が大変な事になっている事くらいはわかります。
あえて言うなら、
日本の保育文化が崩壊しようとしていると思っています。
待機児童の解消ばかりがメディアで注目され、
伝わってくる制度改革の方向性も、
女性を労働力化する事しか考えていないと感じます。
日本の保育はどのようなもので在るべきなのかという理想が、
全く語られていないと思います。
未来の日本を担う子どもたちに、、
どのような価値観や生活習慣の基礎を与えるのか、
そういう議論は全くされていないと思います。
これは、長年にわたって発展してきた日本独特の保育文化を、
理解も評価もしない人たちの仕事だと思います。
労働人口が減り、
経済的に困難な家庭が増え、
女性の就労ニーズが高まり、
子どもは減っているのに、
待機児童が増えている。
今まで子どもの育ちになんて関心なかった人たちが、
お金で買うサービスとしての保育に、
ビジネスチャンスを見出している。
長年培われた保育文化が、
根本的に変わろうとしています。
日本の保育文化がいかに優れた社会の財産であるのか、
今まで社会に認識されてこなかったのは大変残念なことです。
もちろんすべての保育園が理想的な場所ではなかったでしょう。
それでも、多くの保育関係者はよりよい保育というものについて、
理想をもって実践を重ねてきたと思います。
少なくとも今までは、子どもたちがその主役であったと思います。
保護者が働く時間を確保するためだけに、
子どもの過ごす場所と時間を買う、
そういうことではなかったはずです。
日本の保育園は子どもの安全を確保するだけの場所ではなく、
もっとも重要な時期の心と身体の発達を支え、
他人に対する信頼感や社会性、
健康的な生活習慣や食習慣などを育んできました。
少なくとも、日本の保育者にはそういう自負がありました。
そこには、「子育て」というものに対する一定の価値観があり、
初めて親となった人々に継承すべき経験の蓄積、
保護者に対する啓蒙という機能がありました。
このような日本社会の財産ともいえる保育文化が、
経済効率を追求した制度改革と、
価値観を共有しない事業者の参入によって、
破壊されようとしているのです。
とはいえ、
社会の中で保育園の担ってきた役割と価値は、
行政にも社会にも認められませんでした。
日本における保育の産業化の流れを
変えることはできないでしょう。
これからは多くの保育園が、
難しい事業運営を迫られるでしょう。
変わってゆくこともあるでしょう。
この現実を見据えたうえで、
私は私たちがお世話になった保育園を、
みんなと一緒に見守りたいと思っています。
繋がって見守り続けることで、
私たちにとっての大切な何かが、
守れるんじゃないかと思うからです。
娘が保育園をやめて、6年が経ちました。
発達障害による二次障害を発症した娘は、
0歳から通った保育園の卒園を迎えることなく、
4歳児クラスの途中で退園となりました。
それでも、卒園式に参加させていただき、
卒園証書や卒園文集などをもらい、
以来、毎年の同窓会にも呼んでいただき、
バザーや運動会などにも参加しています。
彼女にとって保育園は、今も帰れる場所なのです。
保育園に関わった子どもたちと保護者みんなにとって、
いつまでも帰れる場所として、
私たちの保育園が在り続けることを願います。
初代会長を引き受けてしまいました。
今の私は日々の生活に本当に余裕がなく、
何かを始めるような立場ではないのですが、
保育園の保護者OBに余裕のある人なんて誰もいないと思い、
とりあえず、旗を振ってみることにしました。
あの保育園で一時期を過ごした私たちには、
共有できる価値観があると信じたい。
みんなで繋がって保育園を見守ることで、
私たちの保育園を守れるかも知れない。
そこに絆が生まれるならば、
それはいつか私たち自身を支えるかもしれない。
私の娘が保育園に通っていたのは7年も前の事ですし、
自分自身は特に保育に関心があるわけでもありませんが、
今、日本の保育制度が大変な事になっている事くらいはわかります。
あえて言うなら、
日本の保育文化が崩壊しようとしていると思っています。
待機児童の解消ばかりがメディアで注目され、
伝わってくる制度改革の方向性も、
女性を労働力化する事しか考えていないと感じます。
日本の保育はどのようなもので在るべきなのかという理想が、
全く語られていないと思います。
未来の日本を担う子どもたちに、、
どのような価値観や生活習慣の基礎を与えるのか、
そういう議論は全くされていないと思います。
これは、長年にわたって発展してきた日本独特の保育文化を、
理解も評価もしない人たちの仕事だと思います。
労働人口が減り、
経済的に困難な家庭が増え、
女性の就労ニーズが高まり、
子どもは減っているのに、
待機児童が増えている。
今まで子どもの育ちになんて関心なかった人たちが、
お金で買うサービスとしての保育に、
ビジネスチャンスを見出している。
長年培われた保育文化が、
根本的に変わろうとしています。
日本の保育文化がいかに優れた社会の財産であるのか、
今まで社会に認識されてこなかったのは大変残念なことです。
もちろんすべての保育園が理想的な場所ではなかったでしょう。
それでも、多くの保育関係者はよりよい保育というものについて、
理想をもって実践を重ねてきたと思います。
少なくとも今までは、子どもたちがその主役であったと思います。
保護者が働く時間を確保するためだけに、
子どもの過ごす場所と時間を買う、
そういうことではなかったはずです。
日本の保育園は子どもの安全を確保するだけの場所ではなく、
もっとも重要な時期の心と身体の発達を支え、
他人に対する信頼感や社会性、
健康的な生活習慣や食習慣などを育んできました。
少なくとも、日本の保育者にはそういう自負がありました。
そこには、「子育て」というものに対する一定の価値観があり、
初めて親となった人々に継承すべき経験の蓄積、
保護者に対する啓蒙という機能がありました。
このような日本社会の財産ともいえる保育文化が、
経済効率を追求した制度改革と、
価値観を共有しない事業者の参入によって、
破壊されようとしているのです。
とはいえ、
社会の中で保育園の担ってきた役割と価値は、
行政にも社会にも認められませんでした。
日本における保育の産業化の流れを
変えることはできないでしょう。
これからは多くの保育園が、
難しい事業運営を迫られるでしょう。
変わってゆくこともあるでしょう。
この現実を見据えたうえで、
私は私たちがお世話になった保育園を、
みんなと一緒に見守りたいと思っています。
繋がって見守り続けることで、
私たちにとっての大切な何かが、
守れるんじゃないかと思うからです。
娘が保育園をやめて、6年が経ちました。
発達障害による二次障害を発症した娘は、
0歳から通った保育園の卒園を迎えることなく、
4歳児クラスの途中で退園となりました。
それでも、卒園式に参加させていただき、
卒園証書や卒園文集などをもらい、
以来、毎年の同窓会にも呼んでいただき、
バザーや運動会などにも参加しています。
彼女にとって保育園は、今も帰れる場所なのです。
保育園に関わった子どもたちと保護者みんなにとって、
いつまでも帰れる場所として、
私たちの保育園が在り続けることを願います。