昨夜は久しぶりに緊急出動しました。

「死にたい」と泣かれて駆けつけるのは、
少女時代からのことで慣れていますが、
自分も友達もすっかり大人になったので、
最近では電話で済んでしまうことが多いです。

が、昨夜は娘がお友達から電話を受けて、
「助けにいく!」と言うので、
夜遅くに車で迎えに行きました。

まあ、お話聞いて、
ファミレスで甘いもの食べさせて、
夜中までドライブして・・・。

なんといっても相手は小学生、
これまでの人間関係がありますから、
そんなに難しくはありません。
彼女にとって私は、
「一緒にいると安心できる」
「カッコいい不登校の大先輩」
なのだそうです。

それより娘が、
「死にたい言わはる、どうしよう(T_T)」
と焦っているので、
「死にたい人はお母さん慣れてるし、大丈夫」
と大人の余裕を見せつけたのでした。

幼少期の虐待のトラウマや、
家庭環境の不安定さ、
不適応からの不登校、
自傷もあったりで、
小さな彼女は「死にたい気持ち」
につかまってしまうことがあります。

私が伝えるのは、
「死にたい気持ち、あるよね~」
ということです。

私が希死念慮にとらわれた子どもだった頃、
精神科の主治医が母に言った言葉があります。

「子どもは本当に死にます」

子どもには経験の蓄積がないため、
人生に対する執着がありません。
未来の可能性を想像できるだけの情報もないので、
自殺を思いとどまらせる材料もありません。
いくら死んではいけない理由をかき集めても、
死にたい気持ちに抗しきれません

なので、
「気の毒だけど、今は必死で我慢して」
というのが正解だと思います。

「助けられなくて申し訳ないけど、
 とりあえず、
 我慢して生きていて」

そして、こう伝えています。

「私もずっと死にたかったけど、
 大人になったらいいことがいっぱいあって、
 本当に死ななくて良かったと思う」

そのうえで、細かい話を一つ一つ聴きます。
どうにもならない痛みや悲しみ、
子どもだってたくさん持っているのです。

あまえるな!
大人になったら社会はもっと厳しいんだぞ!

などと言う人こそ、
甘えていると思います。
子どもには選択肢がありません。
自分の運命を切り開けるのは、
大人になってからです。
子どもの生きる絶望に比べたら
大人の直面する社会の厳しさなんて、
自己責任だと思います。

昨日は、
「家族がバラバラになってさみしい」
という彼女に、
「大人になって自分で家族を作るしかないよ。
 その家族も子どもが大きくなったら、
 また離れて行ってさみしくなるけどね」
って言いました。
泣いてたけど・・・。
人生ってそういうものだと、
割り切って提示しています。

学校へ行けない自分が不安な彼女は、
同じく学校へ行っていない娘や、
学校へ行かずに大人になった私を見て、
少しは安心しているのだと思います。

そんな彼女と娘を前に、
私は将来どんな仕事をしたいか、
どんな大学へ行きたいか聞きます。

「それ、今しんなん話?」
「20歳まで生きてる気がしいひん」

というお嬢さん方に、

「明日、学校行けって言われたら困るけど、
 7年後の話は、今から何とでもなるやん」

って言います。

「お仕事して自分のお金ができたら、
 好きな服買っておしゃれしたり、
 友達と海外旅行行ったりできるよ」

というと、子どもたちはわくわくします。

目の前の現実を劇的に変えることは出来ないけど、
あなたの苦しみを解決することも出来ないけど、
生きていてください。
生きてさえいれば、いいことはたくさんあるから。
少しずつ視野を広げて歩き続ければ、
大人になったら色んな道が選べるから。