今日は4時間に及ぶ研修を受けたんだけど、ずっと違和感に悩んでいた。周りの人たちは感動していたし、内容も悪くなかったし、講師も魅力的だったけど、どうしてもすっきり頭に入らなくて、私の中に生まれた微かな反感の理由を探していた。
そして、日付も変わった今頃になって、突然ひらめいた!
あのね、私には権威に対する懐疑心があるのですよ。
語り口の見事な人気講師は、ライス元国務長官の言葉を引用する前に、彼女が初のアフリカ系国務長官だとか、IQが200を越えていて5ヶ国語を普通に話すとか、世界中をどれだけ飛び回っていたとか、大統領代行となる順位が4番目だとか説明してから、彼女の言葉を紹介した。「価値観の共有ではなく、利益の共有を優先していることが今のアメリカの弱さの原因」という彼女の言葉はそれだけでもインパクトがあったのに、長い前置きが私に違和感を与えてしまった(>_<)。
他にも、GPIFが年金の資産運用先をリスク系にスライドすると決めていることについて、「どのくらい賢いかというと、ものすごーく賢い人たちが考えに考えて決めたことです」とか説明しちゃうから、私の頭が拒否反応起こしてしまったんだ。今日の研修の話は、いちいち権威付けが多すぎたんだと思う。
私は反権威志向ではないけれど、権威に対する畏敬の念というものもなくて、権威的に話されるとうんざりしてくる。自分の基準で天才だと決めている芸術家や研究者を崇拝する気持ちはあるけど、それって、アイドルのファンと変わらない。それどころか凄くミーハーで、活躍している人とか、その二世なんかには興味ある。でも、超一流大学の教授にしても、その人の言ってることが好きか嫌いかであって、分からない話は分からない。業界覗いたことあるから医学部の教授がどれほどの権力を持っているかは知っているけど、私にとっては自分や家族を助けてくれるのがよいお医者さん。外務省も覗いたことあるから、キャリアもノンキャリも玉石混淆なのは他の仕事と同じだと知っている。ちなみに私の母だってモスクワ音楽院初の外国人客員教授で、芸術賞もらったり表彰されたりしているけど、本人は全然偉くない。私自身でさえこの辺りでは結構な学歴と職歴だろうけど、自分の馬鹿さ加減には、いつもうんざりしている。
なにはともあれ、私にとって権威は根拠にならないから、今日の研修が私の中で胡散臭くなってしまったんだ。いい内容だったかもしれないから、ちょっと残念な気持ち。
そして、日付も変わった今頃になって、突然ひらめいた!
あのね、私には権威に対する懐疑心があるのですよ。
語り口の見事な人気講師は、ライス元国務長官の言葉を引用する前に、彼女が初のアフリカ系国務長官だとか、IQが200を越えていて5ヶ国語を普通に話すとか、世界中をどれだけ飛び回っていたとか、大統領代行となる順位が4番目だとか説明してから、彼女の言葉を紹介した。「価値観の共有ではなく、利益の共有を優先していることが今のアメリカの弱さの原因」という彼女の言葉はそれだけでもインパクトがあったのに、長い前置きが私に違和感を与えてしまった(>_<)。
他にも、GPIFが年金の資産運用先をリスク系にスライドすると決めていることについて、「どのくらい賢いかというと、ものすごーく賢い人たちが考えに考えて決めたことです」とか説明しちゃうから、私の頭が拒否反応起こしてしまったんだ。今日の研修の話は、いちいち権威付けが多すぎたんだと思う。
私は反権威志向ではないけれど、権威に対する畏敬の念というものもなくて、権威的に話されるとうんざりしてくる。自分の基準で天才だと決めている芸術家や研究者を崇拝する気持ちはあるけど、それって、アイドルのファンと変わらない。それどころか凄くミーハーで、活躍している人とか、その二世なんかには興味ある。でも、超一流大学の教授にしても、その人の言ってることが好きか嫌いかであって、分からない話は分からない。業界覗いたことあるから医学部の教授がどれほどの権力を持っているかは知っているけど、私にとっては自分や家族を助けてくれるのがよいお医者さん。外務省も覗いたことあるから、キャリアもノンキャリも玉石混淆なのは他の仕事と同じだと知っている。ちなみに私の母だってモスクワ音楽院初の外国人客員教授で、芸術賞もらったり表彰されたりしているけど、本人は全然偉くない。私自身でさえこの辺りでは結構な学歴と職歴だろうけど、自分の馬鹿さ加減には、いつもうんざりしている。
なにはともあれ、私にとって権威は根拠にならないから、今日の研修が私の中で胡散臭くなってしまったんだ。いい内容だったかもしれないから、ちょっと残念な気持ち。