中国ではフェイスブックが使えないので、
義弟とお仕事のやり取りする為に、
微信というSNSのアプリをインストールしました。

そしたら!

昼休みにアプリを入れて、
会社主催の3時間の研修に出席し、
終わったからとスマホを見たら、
なんと60件以上ものメッセージが!

すべて義父母からのメッセージです。
何十枚もの写真が送られてきた後に、
「写真見たか?」
と音声や文字で再三たたみかけてきます。

「見る暇ない」

とだけ返信する私は鬼嫁。
以来、連日、

「ゆえは可愛い・・・
 ゆえは素晴らしい・・・
 ゆえのことばかり考えている・・・
 今度いつ来てくれるのか・・・。」

という義父母のたわごとが音声と文字で流れてきます。

おいおい、エライことになったよ。

と、言うわけで、その中の1枚のお話。

娘を中国のお寺に連れて行ったら、
何にも教えていないのに、
中国式の頭を垂れる参拝をしました。
初めてのことなので、
頭の下げ方、手の合わせ方など、
前の人のまねをしているようです。
観光客は多いけど、
ちゃんと参拝する人は少ないので、
生真面目な子どもの参拝は人目を引きます。
お寺の方に声を掛けられると、
わかりませんという様子で笑顔でお辞儀。
その様子がえらく周りに喜ばれました。

一緒に行った夫は建築の写真撮るのに夢中だし、
私と義父は娘を眺めるのに必死だし、
信仰のない私たちにはお寺はただの観光地。
それでも、かねてより娘には、
「どこの神さんでも仏さんでも、
 その土地に行ったらご挨拶しとき」
と、教えてあるので、
娘は至極自然に参拝してくれました。

この姿に義父は大興奮。
娘に紙幣を握らせては賽銭を入れさせ、
蝋燭を買い与えて灯明をあげさせる。
とても上手く育っている、と大絶賛。

母としては大いに面目が立ちました。

郷に入っては郷に従えというけれど、
本来は空気の読めないはずのアスペちゃんが、
慣れない雰囲気の中国のお寺で、
こんなに立派に振る舞えたことがとても嬉しい。
ここではこんな風にご挨拶しようという、
娘自身の状況判断と行動力がとても嬉しい。

かつて、インドやタイの寺院を訪れた時に、
地元の人々の信仰心を尊重しない、
無遠慮な観光客の態度に対し、
不快感を覚えたことがあります。
娘には異教の神様に対しても
失礼のない程度の慎みを持った態度を、
教養として身につけて欲しいと願います。

とりあえず同じ仏教とはいえ、
全く様子の異なる異郷の寺院で、
自分でご挨拶をして見せてくれた娘に感動です。

ちなみに、私の方は頭を擦りつけることができなくて、
控え目に日本式の参拝でごあいさつしときました。