中国で本当の田舎に行くことは難しい。
中国人にとっても難しいくらい、
中国は広くて交通が不便。
まあ、車じゃないといけないところは、
日本にもいっぱいあるけどさ。
今回は国慶節というゴールデンウィークに、
四川省の少数民族地域に行ったんだけど、
省都の成都から車で数時間と言う場所は、
本当はそんなに田舎じゃない。
高速道路を200キロほど走ったら、
後は片側一車線の山間の道がどこまでも続く。
都会からの観光客で道路は渋滞し、
観光開発された少数民族の村はテーマパークのよう。
とはいへ、四川大地震の時に、
中国が外国からの救援を断ったのもわからなくはない。
こんなところで二次災害が起きたらたまらない。
急斜面の谷間を走る細い道一本で下界と繋がる山間部に、
小さな町や村が点在している。
ここは、都会に住む漢族にとっても異界なんだよ。
復興資金がたっぷり入った村には、
英語、韓国語、日本語の看板があったりして、
久しぶりに日本語を見た娘は大喜び。
いつ日本からのツアーが来ても大丈夫。
でもね、少し国道から離れて山道に入ると、
本当に小さな村がある。
民俗文化に興味のある夫や義弟は、
俄然、元気になって村人と話し込む。
村の小学校の校庭で、
浮浪児のように小汚い男の子たちが遊んでいたから、
娘と一緒に写真を撮らせてくれと言うと、
みんな写真は駄目だという。
成都へ行ったことがあるという子が一人だけ、
恥ずかしそうに娘と並んでくれた。
写真を撮ってお礼を言うと、
中学生くらいの一番大きな子が、
どこから来たと聞いてきた。
「私は日本人だよ」というと、
子どもたちの表情が凍りついた。
驚きに恐怖が混じった子ども達の顔。
悲しいよりも可笑しくて、
「私は君たちのこと食べたりしないから」
と言ったら、曖昧に微笑んだ。
それでも私たちが村を去るときには、
車を追いかけて手を振ってくれた。
やっぱり、子どもは可愛い。
観光地で私が世間話を始めると、、
聞きなれない訛りにどこから来たと人が問う。
少数民族にとっては、
中国語も、四川語さえも外国語のようなもの。
私の話す日本語訛りの標準語は、
とても耳慣れないものなのだ。
日本人だというと好奇心を持たれて話が弾むんだけど、
姑が側いると私はモンゴル人や台湾人にされてしまう。
「気軽にこの辺の人間を信用するな。
民度が低いからどうなることかわからない」
というのが、姑の言い分。
都会の人間は、農村や山村の人々に偏見がある。
ましてや少数民族にはもっと偏見がある。
中国政府が外国人を田舎に入れたがらないのも、
こういう心理かと思ってしまう。
帰りの飛行機で偶然隣り合わせた、
このあたりの山村出身の漢族の青年は、
とても遠慮がちに切り出した。
「私は日本人に会ったのは初めてなんですが、
日本人は物凄く民度が高いそうですね?」
「民度が高いってどういうこと?」
「たとえば、道にポイ捨てする人も、
痰を吐く人もいないということです。」
「確かにそれはそうですね。
でも、あなたは外国に行ったこともなくて、
日本人と会ったのも初めてなのに、
どうして日本人の民度が高いと思うの?」
「私は上海で働いていますので、
知り合いの知り合いには
日本に行ったことがある人もいます。
日本人は物凄く民度が高いと、
人の噂に聞いたことがあるのです。」
なるほど、口コミって凄いなと思いました。
さてさて、
私が関西人のおばさんパワーを発揮して、
そこらじゅうで世間話して歩いているのも、
日本のイメージ向上に貢献していると思うわけです。
私とおしゃべりした人たちは、
「自分は日本人と話したことがある。
別に怖くも何ともなかった」
って、人に自慢して話すに違いないから。
反日教育されてるから、
日本人が嫌いだという人たちもいるけど、
心底怖いと思っている人たちもいる。
昔のことは仕方ないけど、
ここにいる私はあなたを攻撃しないし。
残忍でも鬼でもないし。
そんなことは、一度会えばわかることだよ。
中国人にとっても難しいくらい、
中国は広くて交通が不便。
まあ、車じゃないといけないところは、
日本にもいっぱいあるけどさ。
今回は国慶節というゴールデンウィークに、
四川省の少数民族地域に行ったんだけど、
省都の成都から車で数時間と言う場所は、
本当はそんなに田舎じゃない。
高速道路を200キロほど走ったら、
後は片側一車線の山間の道がどこまでも続く。
都会からの観光客で道路は渋滞し、
観光開発された少数民族の村はテーマパークのよう。
とはいへ、四川大地震の時に、
中国が外国からの救援を断ったのもわからなくはない。
こんなところで二次災害が起きたらたまらない。
急斜面の谷間を走る細い道一本で下界と繋がる山間部に、
小さな町や村が点在している。
ここは、都会に住む漢族にとっても異界なんだよ。
復興資金がたっぷり入った村には、
英語、韓国語、日本語の看板があったりして、
久しぶりに日本語を見た娘は大喜び。
いつ日本からのツアーが来ても大丈夫。
でもね、少し国道から離れて山道に入ると、
本当に小さな村がある。
民俗文化に興味のある夫や義弟は、
俄然、元気になって村人と話し込む。
村の小学校の校庭で、
浮浪児のように小汚い男の子たちが遊んでいたから、
娘と一緒に写真を撮らせてくれと言うと、
みんな写真は駄目だという。
成都へ行ったことがあるという子が一人だけ、
恥ずかしそうに娘と並んでくれた。
写真を撮ってお礼を言うと、
中学生くらいの一番大きな子が、
どこから来たと聞いてきた。
「私は日本人だよ」というと、
子どもたちの表情が凍りついた。
驚きに恐怖が混じった子ども達の顔。
悲しいよりも可笑しくて、
「私は君たちのこと食べたりしないから」
と言ったら、曖昧に微笑んだ。
それでも私たちが村を去るときには、
車を追いかけて手を振ってくれた。
やっぱり、子どもは可愛い。
観光地で私が世間話を始めると、、
聞きなれない訛りにどこから来たと人が問う。
少数民族にとっては、
中国語も、四川語さえも外国語のようなもの。
私の話す日本語訛りの標準語は、
とても耳慣れないものなのだ。
日本人だというと好奇心を持たれて話が弾むんだけど、
姑が側いると私はモンゴル人や台湾人にされてしまう。
「気軽にこの辺の人間を信用するな。
民度が低いからどうなることかわからない」
というのが、姑の言い分。
都会の人間は、農村や山村の人々に偏見がある。
ましてや少数民族にはもっと偏見がある。
中国政府が外国人を田舎に入れたがらないのも、
こういう心理かと思ってしまう。
帰りの飛行機で偶然隣り合わせた、
このあたりの山村出身の漢族の青年は、
とても遠慮がちに切り出した。
「私は日本人に会ったのは初めてなんですが、
日本人は物凄く民度が高いそうですね?」
「民度が高いってどういうこと?」
「たとえば、道にポイ捨てする人も、
痰を吐く人もいないということです。」
「確かにそれはそうですね。
でも、あなたは外国に行ったこともなくて、
日本人と会ったのも初めてなのに、
どうして日本人の民度が高いと思うの?」
「私は上海で働いていますので、
知り合いの知り合いには
日本に行ったことがある人もいます。
日本人は物凄く民度が高いと、
人の噂に聞いたことがあるのです。」
なるほど、口コミって凄いなと思いました。
さてさて、
私が関西人のおばさんパワーを発揮して、
そこらじゅうで世間話して歩いているのも、
日本のイメージ向上に貢献していると思うわけです。
私とおしゃべりした人たちは、
「自分は日本人と話したことがある。
別に怖くも何ともなかった」
って、人に自慢して話すに違いないから。
反日教育されてるから、
日本人が嫌いだという人たちもいるけど、
心底怖いと思っている人たちもいる。
昔のことは仕方ないけど、
ここにいる私はあなたを攻撃しないし。
残忍でも鬼でもないし。
そんなことは、一度会えばわかることだよ。