昨日、友達から聞いたのですが
私のフェイスブックやブログの投稿には、
「いいね」を押せないのだといいます。
私の投稿には反感や反対意見が少なくないので、
「いいね」押して自分のタイムラインに流れると、
いろいろ言ってくる人がいるのだそうです。
そんなに誰かを刺激できてるなんて素敵!
とはいへ、友達には仕事上の人間関係もあるし、
何かとややこしいこともあるので、
私の投稿には「いいね」は押せないのだそうです。
ふーん。そうなんだ。
私の書いてることって、
そんなにさし障りあるんだ。
あらためて、
いつも「いいね」下さるみなさまに、
心から感謝申し上げます
黙って読んで下さってるあなたにも、
本当に本当に感謝申し上げます。
ということで、
またまた反感買いそうな投稿になります。
先日のこと。
娘の小学校の保護者面談へ行ってきました。
担任の先生と一時間半もお話しできて、
全面的なご支援をお約束いただき、
本当にありがたいなという状況です。
ちなみに、うちの娘は発達障害で学習障害、
1年生から学校へは行かせていなくて、
5年生の現在まで、週に1回30分だけ、
放課後に先生かボランティアの学生さんに、
話し相手になって遊んでもらっています。
家では一切、勉強させないという方針で来ましたが、
4年生になって急激な変化と成長を見せ、
この1年は学習系の療育に通えるようになり、
お勉強が一気に進み始めました。
そんな状況もあり、先生の方から
「学校でもプリントなど用意して、
少しの時間でも学習機会を設けましょうか?」
というご提案をいただきました。
ご厚意はありがたかったけど、
「学校では学習はさせないでください」
と、はっきり方針をお伝えしました。
ご納得下さった先生には心から感謝です。
教師という職業や立場をわきに置いて、
母親の教育方針を尊重して下さったのは、
本当にありがたいことです。
うちの娘を学習に取り組ませるのは、
普通の子どもを教えるのとは全く違う作業になります。
「教える」「指導する」スキルは役に立ちません。
娘が通う滋賀大キッズカレッジでは、
支援員さんが学ぶ指導法は「教えないこと」です。
「一切、口をはさまずに付き合うだけ」。
これがすごく難しい事を私は知っています。
人には「教えたい」という本能があって、
黙って見守り続けるのは大きな苦痛です。
かなり理論をやって、訓練しないと実践できません。
学校の先生といえども、
発達支援教育については素人さんです。
教員免許を取るのに支援教育は関係ないし、
多少の経験とか研修で身に付くものでもありません。
しかも、専門家にも様々な方法論というのはあって、
私は娘の特性にあうと信じるメソッドを、
自分で探して選んでいます。
重度の読み書き困難と高機能自閉症を併せ持つ娘の学習は、
物凄く慎重に進めている機微なプロジェクトであって、
学校の先生にお願いできるような内容ではありません。
総合的な発達の全体像を計算して、
目的を絞り切ったわけでもない、
些細なプリント1枚をさせることで、
学校と学習の両方に拒否反応でも出たら、
今までの努力が水の泡です。
娘を学校と関わらせているのは、
学校をブラックボックスにしたくないからです。
どこかに帰属しているという安心感を確保し、
大人になって小学校を思い出した時に、
トラウマが残らないようにするためです。
先生たちに大事に関わってもらって、
人間に対する信頼感を育てられれば大成功。
学校が本来持っている教育機能とか、
集団生活の中で身に付けるものには、
私の娘の場合はニーズがありません。
学校には私の子育てを支援してもらっているけど、
この現状は先生方のご理解とご厚意のおかげに尽きます。
現在の日本の教育制度の枠組みとは関係ありませんし、
親の要求で必ず得られるサービスでもありません。
娘のニーズの中で学校が支援可能な内容について、
個別、具体的に説明とお願いをして、
学校が最大限の努力をして応えて下さっているという状態です。
学校に支えてもらえる私たちがどれほど運がいいか、
わかる人にはわかるでしょうが、
「学校の努力で支援可能な内容についてのみお願いする」
というポイントは押さえたいものです。
学校として対応の不可能なニーズがあるのなら、
子どもに負荷をかけて通わせる必要はないと思います。
学校はあくまで私たちが、
子育てのために利用できる施設の一つなのですから。
発達障害の子どものニーズは様々で、
「対応して欲しい」「わかって欲しい」
親としての要求はいっぱいあると思います。
しかし、学校は私たちのためにデザインされた場所ではなく、
教科書も指導要領も私たちの子どものニーズと関係ありません。
先生たちも専門職の労働者なのであって、
能力や知識に個人差があるのは他の仕事と一緒です。
「義務教育なんだから責任果たせ」と詰めよっても、
現実的に対応できないこともあると思います。
だって、あなた自身はそんなに優秀で完璧な仕事をしていますか?
あなたの上司や同僚、後輩は、全員仕事のできる人ばかりですか?
あなたの会社はすべてのクライアントのニーズに応えきっていますか?
先生も同じで、資質や能力に文句をつけても仕方がありません。
他人が自分の子育てを手伝ってくれたらありがたい。
そのくらい遠慮のある関係でもいいのではないかと思います。
さてさて、
娘の学習を専門家に任せられているのは僥倖ですが、
もし、この選択肢がなかったら、
まだ勉強はさせていなかったと思います。
学校とのかかわりについて言えば、
週に1回本人が嫌がらずに行ってくれれば、
もう本当にありがたいと思っています。
彼女にとっては今のところ、
学校は学習の場ではないのです。
学校は勉強を教えるところなんだから責任を持て、
すべての子どもに教育を受ける権利があるのだから対応しろ、
などとと言ってみても、今、手に入らないものは間に合いません。
本当に必要な事だけを選びぬいて、
焦らずに、慎重に、
娘の学習をサポートしていきたいと思います。
私のフェイスブックやブログの投稿には、
「いいね」を押せないのだといいます。
私の投稿には反感や反対意見が少なくないので、
「いいね」押して自分のタイムラインに流れると、
いろいろ言ってくる人がいるのだそうです。
そんなに誰かを刺激できてるなんて素敵!
とはいへ、友達には仕事上の人間関係もあるし、
何かとややこしいこともあるので、
私の投稿には「いいね」は押せないのだそうです。
ふーん。そうなんだ。
私の書いてることって、
そんなにさし障りあるんだ。
あらためて、
いつも「いいね」下さるみなさまに、
心から感謝申し上げます
黙って読んで下さってるあなたにも、
本当に本当に感謝申し上げます。
ということで、
またまた反感買いそうな投稿になります。
先日のこと。
娘の小学校の保護者面談へ行ってきました。
担任の先生と一時間半もお話しできて、
全面的なご支援をお約束いただき、
本当にありがたいなという状況です。
ちなみに、うちの娘は発達障害で学習障害、
1年生から学校へは行かせていなくて、
5年生の現在まで、週に1回30分だけ、
放課後に先生かボランティアの学生さんに、
話し相手になって遊んでもらっています。
家では一切、勉強させないという方針で来ましたが、
4年生になって急激な変化と成長を見せ、
この1年は学習系の療育に通えるようになり、
お勉強が一気に進み始めました。
そんな状況もあり、先生の方から
「学校でもプリントなど用意して、
少しの時間でも学習機会を設けましょうか?」
というご提案をいただきました。
ご厚意はありがたかったけど、
「学校では学習はさせないでください」
と、はっきり方針をお伝えしました。
ご納得下さった先生には心から感謝です。
教師という職業や立場をわきに置いて、
母親の教育方針を尊重して下さったのは、
本当にありがたいことです。
うちの娘を学習に取り組ませるのは、
普通の子どもを教えるのとは全く違う作業になります。
「教える」「指導する」スキルは役に立ちません。
娘が通う滋賀大キッズカレッジでは、
支援員さんが学ぶ指導法は「教えないこと」です。
「一切、口をはさまずに付き合うだけ」。
これがすごく難しい事を私は知っています。
人には「教えたい」という本能があって、
黙って見守り続けるのは大きな苦痛です。
かなり理論をやって、訓練しないと実践できません。
学校の先生といえども、
発達支援教育については素人さんです。
教員免許を取るのに支援教育は関係ないし、
多少の経験とか研修で身に付くものでもありません。
しかも、専門家にも様々な方法論というのはあって、
私は娘の特性にあうと信じるメソッドを、
自分で探して選んでいます。
重度の読み書き困難と高機能自閉症を併せ持つ娘の学習は、
物凄く慎重に進めている機微なプロジェクトであって、
学校の先生にお願いできるような内容ではありません。
総合的な発達の全体像を計算して、
目的を絞り切ったわけでもない、
些細なプリント1枚をさせることで、
学校と学習の両方に拒否反応でも出たら、
今までの努力が水の泡です。
娘を学校と関わらせているのは、
学校をブラックボックスにしたくないからです。
どこかに帰属しているという安心感を確保し、
大人になって小学校を思い出した時に、
トラウマが残らないようにするためです。
先生たちに大事に関わってもらって、
人間に対する信頼感を育てられれば大成功。
学校が本来持っている教育機能とか、
集団生活の中で身に付けるものには、
私の娘の場合はニーズがありません。
学校には私の子育てを支援してもらっているけど、
この現状は先生方のご理解とご厚意のおかげに尽きます。
現在の日本の教育制度の枠組みとは関係ありませんし、
親の要求で必ず得られるサービスでもありません。
娘のニーズの中で学校が支援可能な内容について、
個別、具体的に説明とお願いをして、
学校が最大限の努力をして応えて下さっているという状態です。
学校に支えてもらえる私たちがどれほど運がいいか、
わかる人にはわかるでしょうが、
「学校の努力で支援可能な内容についてのみお願いする」
というポイントは押さえたいものです。
学校として対応の不可能なニーズがあるのなら、
子どもに負荷をかけて通わせる必要はないと思います。
学校はあくまで私たちが、
子育てのために利用できる施設の一つなのですから。
発達障害の子どものニーズは様々で、
「対応して欲しい」「わかって欲しい」
親としての要求はいっぱいあると思います。
しかし、学校は私たちのためにデザインされた場所ではなく、
教科書も指導要領も私たちの子どものニーズと関係ありません。
先生たちも専門職の労働者なのであって、
能力や知識に個人差があるのは他の仕事と一緒です。
「義務教育なんだから責任果たせ」と詰めよっても、
現実的に対応できないこともあると思います。
だって、あなた自身はそんなに優秀で完璧な仕事をしていますか?
あなたの上司や同僚、後輩は、全員仕事のできる人ばかりですか?
あなたの会社はすべてのクライアントのニーズに応えきっていますか?
先生も同じで、資質や能力に文句をつけても仕方がありません。
他人が自分の子育てを手伝ってくれたらありがたい。
そのくらい遠慮のある関係でもいいのではないかと思います。
さてさて、
娘の学習を専門家に任せられているのは僥倖ですが、
もし、この選択肢がなかったら、
まだ勉強はさせていなかったと思います。
学校とのかかわりについて言えば、
週に1回本人が嫌がらずに行ってくれれば、
もう本当にありがたいと思っています。
彼女にとっては今のところ、
学校は学習の場ではないのです。
学校は勉強を教えるところなんだから責任を持て、
すべての子どもに教育を受ける権利があるのだから対応しろ、
などとと言ってみても、今、手に入らないものは間に合いません。
本当に必要な事だけを選びぬいて、
焦らずに、慎重に、
娘の学習をサポートしていきたいと思います。