昨夜は、ど派手なワイングラスをネット購入してしまい、
朝になって、ちょっとうんざりしている。
マイグラス持参のワイン会に参加するので、
シンプルで品質のよいワイングラスを買うつもりが、
「ワイン会で人のグラスと見分けがつかないと嫌だな」
という気持ちが一瞬よぎって、
そのままポチっと押してしまった。

注文制作のど派手な紫色のグラス。
ああ~、こうやって個性的な人になっていくのね。

さてさて、我が家では、
災い転じて福と成すエピソードが日常に溢れているので、
ちょっと紹介してみよう。

母の実家は私が生まれる数年前に大破産して没落した。
刑事事件に発展しないかという規模の話で、
物凄い修羅場が数年続いた揚句に、
すっかり財産と社会的信用を失い、
周りの人たちも蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
悪い人たちが世間知らずの祖母と母たちにたかって、
宝石や美術品、庭の灯篭まで、
二束三文でむしり取っていった。
何にもなくなった後には、
1億を超える借金が残っていたという。
サラリーマンの初任給が1万円台だった頃の話だから、
天文学的な数字。

これが、我が家では、
本当によかったねえ(*^_^*)
って、語り継がれている。

あのままの暮らしが続いていたら、
母も叔母も今のように自立することはできなかった。
自分の仕事で成功することはできなかっただろうし、
祖父の影響力が強すぎたというから、
その後の自由な人生は歩めなかっただろう。
本当に良かったという話になっている。
あと、本当に困った時に、
誰がいい人で、本当に大切な人か分かるという。
全く態度が変わらなかった人たちや、
引越しや食べ物の世話してくれた人たちのの名前を、
子どもの頃から何度も聞かされて育った。
豊かに育ててもらって、
裸で社会に出してもらった。
本当に素晴らしく幸運だったという話し。

母は箏の演奏家であるのに、
40過ぎで右腕を痛めてしまった。
それまでは毎日何時間も練習し、
毎月いくつも舞台の本番を抱えて活躍していたのに、
もう、難度の高い速弾きはできなくなった。
得意としていた17弦箏は弾けなくなり、
練習さえほとんどできなくなった。
普通に考えると、プロの演奏家人生は終わったといえる。
演奏家にとってはこれ以上の不幸はない。

しかし、このことも我が家では、
本当に良かった、
神様の思し召しだと言われている。

舞台の本番に追われる生活は、
心身に物凄いストレスを抱え続ける生活だ。
あのままの生活を続けていたら、
たぶん母はとっくに死んでいただろう。
15回も手術をしながらも、
今日まで活躍し続けられたのは、
昔のようには仕事を受けられないから、
たくさん練習できないから。
あそこで、仕事のスタイルが変わったから、
ゆっくり弟子も育てられたし、
ロシアにもお箏を伝えられたし、
可愛い孫たちも見ることができた。

命拾いしたよね、って、
家族みんなで神様に感謝している。

ちなみに、私の思春期が凄く大変で、
不登校であったことについても、
「学校辞められて良かったね(*^_^*)」
と、いつも家族で喜びを共有している。
学校へ行かすなと指示してくれた精神科の主治医には、
一家をあげて一生恩を感じている。
確かに、学校辞めさせてもらえたことが、
私の家族に対する信頼や感謝の基礎になってると思う。
本当に困っているときに、助けてくれたわけだから。
しかも、私の苦しみに付き合ったおかげで、
母の奏でる音が格段に良くなったということになっている。
もう、テクニックの要求される難曲は弾けない母が、
これだけ演奏家として成功できているのは、
彼女の音が素晴らしいとファンの人たちが言ってくれるから。
それは、本物の苦しみを経験したおかげだということになってる。

さてさて、うちには他にもいーっぱい「塞翁が馬」がいた。
話の続きは今も進行中。
それだけ大きな不運が続いているということだけど、
本当に何もかもありがたいと家族で感謝できてるから、
やっぱり、めでたいんだと思う(*^_^*)