昨日の夜から娘の調子が崩れているので、
ちょっと対応に力が入っている。

「調子が悪い」というのは、
情緒不安定とでも説明するしかないけど、
私や娘のようなタイプに共通なのは、
外的要因によらない内面から湧き上がる苦痛、
自己の存在の根源に起因する抑うつ状態。

思春期を迎える娘の調子の悪さに、
私自身が共鳴してしまう。
フラッシュバックの危険と隣り合わせ。

好きなだけ泣かせておく、
外に連れだす、
車に乗せて走りまわる、
何か食べさせる、
とりあえず黙ってそばにいる、
落ち着くまで一人にする、
などなど、
私には彼女の精神状態を把握し、
適切に対応できるスキルがある。

それでも厳しいのは、
私の精神力と体力の限界かな。

私が少女だったころは、
痛み止めでも睡眠薬でも、
お酒でも煙草でも、
少しでも頼れそうなものは、
手当たりしだい身体に入れてみた。
泣き叫び、のたうちまわって、
ひたすら調子の復調を待った。

私の主治医だった天才精神科医は、
「気のどくやなあ、耐えてください」
と、まっとうな言葉を掛け続けてくれた。

さてさて、調子の悪い時には、
付き合ってくれる人が必要。
最悪の時期だった中学の頃は、
母が荒れ狂う私に付き合ってくれた。
毎日何時間も電話を受け続けてくれる、
神様のような少年もいた。

でもね、調子悪い時の負のエネルギーは凄いから、
一人に依存すると相手を潰す。

そのことに気づいた私は人を集めた。
成長するに従って、どんどん友達を増やした。
苦痛のうちにある時間をやり過ごすため、
私のために時間を使ってくれる人たちを、
不安や苛立ちを引き受けてくれる人たちを、
自分の周りに少しずつ集めた。

結果として、
私は社交的な遊び人になった。
成人する頃には自分の周りに、
調子が悪くなったときのための、
セーフティネットを張り巡らせていた。

眠れない夜、
夜中にも掛けられる電話番号があった。
朝まで長電話に付き合ってくれる人がいた。
朝まで私を乗せてドライブしてくれる人がいた。
常に5人以上の電話番号を
当時の私は意識して確保していた。

そんな自分の在り方を嫌悪し苦しみながらも、
私は生きるために手段を選ばず人に助けを求めた。
結果的に「人に助けてもらう」スキルが身について、
ついでに、私は社交的な人になった。

さてさて、今の娘には私しかいない。
たくさんの支援者がいてくれるけど、
調子の悪さは私が支えるしかない。
彼女はまだ、自分で人を探せない。

長い思春期が始まろうとしている。
娘には調子の悪さに付き合ってくれる、
たくさんの信頼できる相手、
甘えられる相手が必要になるだろう。
人の見つけ方を教えなくては。
助けを求め、支えてもらう、
方法を学ばせなければ。
私が潰れてしまう前に、
必要なスキルを身につけてくれ。

思春期という怒涛の季節が迫っている。
生存をかけた戦いが始まる。
そばで見守るしかないけれど、
とことん付き合うと覚悟を決めている。