私の娘は0歳から4歳まで保育園でお世話になった。
発達障害である彼女は集団生活に適応できなくなり中途退園したが、人生の始まりにおける4年間のの保育園生活は、その後の彼女にとって大きな財産となっている。保育士さんたちを通して、家族以外の大人に対する信頼感が生まれ、保育園での生活を通してお友達を「いいもの」だと考える価値観が育った。彼女の人間に対する基本的な信頼と関心は、保育園で養われたと思う。また、こだわりの給食を通して健康的な食事とはどういうものかという基準が出来上がり、保育園の環境と保育方針を通して自然をよきものと考える価値観が育った。私には出来ない整理整頓が出来るのも、自閉症的なこだわりとはいえ、徹底的に片付けられた保育園の環境が彼女に与えたスキルだと思っている。
保育園は人生のスタートを切る場所、人間が最も重要な時期を過ごす環境である。いうなれば、人格形成の基礎を作る場所である。20年後、30年後の日本人がどのような姿をしているかをデザインしたいなら、保育園に注目すべきだ。親の生活習慣や育児能力には大きな個人差があるけれど、子どもは親を選べない。「今時の親は育児ができない」などと言っているより、保育園に子どもを集めて質の高い保育をすればいい。多くの日本の保育園には、素晴らしい保育思想、保育文化、保育の伝統、保育技術があると思っている。ここにお金をかけずにどこにかけるのかと言いたい。
わが子は発達障害だが、入園についていえば0歳だったから適応できたと思う。もし1歳になっていたら難しかっただろう。やがて、他の子どもたちの発達にともない、複雑化、高度化する集団社会についていけなくなり、二次障害を発症して退園したのだが、それは私の責任だと思う。もう少し早く、行き渋りがでてすぐに退園すればよかったのだけれど、保育園に未練のあった私のひと夏の躊躇が、二次障害を引き起こしたのだと思っている。
障害が重い場合、発達障害児と定型発達児との違いは、年齢が大きくなるほど顕著になってくる。ゆえに、子どもはみんな0歳から保育園に預けてしまえばよいとさえ思っている。親以外の人間に対する基本的な信頼と関心を育てることは、自閉傾向のある子どもにとっては決定的な財産になる。そんなに保育園を信頼したり評価したり出来ないという意見もあるだろうが、それは、ダメな保育園が実際にあるからだろう。
今、保育園は規制緩和と予算削減にさらされている。待機児童の問題ばかりが注目され、保育の質についての議論が聞こえてこない。どれだけ安く、たくさんの乳幼児を預かり、母親を労働力に変えるか・・・そんな話ばかりでは日本の未来はどうなるのだろう。園長以外は全員非正規のパートで、「○○ちゃんの先生」という人が存在しない保育園が既にある。子どもがいつまでたっても先生の名前を覚えない事に親が疑問を呈すると、「私たちの園では保育士全員がすべての子どもに対して責任を持っています。クラス担任というものはないのです」という美しい答えが返ってきたという。あなたはそんな園に子どもを預けたいだろうか?
娘が保育園をやめてから6年も経っているので、本当は当事者として発言する権利はないんだけれど、最後にひとつだけ言いたいことがある。
国の定める保育所の人員配置基準は、3歳児20人に対して保育士1人、4歳児以上30人に対して保育士1人。というものである。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/syakaiteki_yougo/dl/02.pdf
他にも児童1人当たりの面積など、問題はたくさんあるけれど、これは現場を知らない人が決めた基準だと思う。実際には各園が1.5倍から2.0倍の保育士を配置しているようだが、この先経費を削らねばならないなら、もう人件費しかないだろう。現状でも保育士の収入は、その専門性や責任の重さに比してあまりにも低く、社会的な評価も高いとはいえない。予算を削られた保育園が経費を減らそうとするとき、国の基準は3歳児20人、4・5歳児30人を1人で保育することを認めているのだ。これは、子どもの命の軽視である。
保育園には未来の日本人の姿を規定する可能性がある。
大切にしたい。日本の保育文化を大切にしたい。
予算を増やして保育園を増やし、受け入れ児童数を増やし、
国の基準を見直して保育の質を高めていって欲しい。
発達障害である彼女は集団生活に適応できなくなり中途退園したが、人生の始まりにおける4年間のの保育園生活は、その後の彼女にとって大きな財産となっている。保育士さんたちを通して、家族以外の大人に対する信頼感が生まれ、保育園での生活を通してお友達を「いいもの」だと考える価値観が育った。彼女の人間に対する基本的な信頼と関心は、保育園で養われたと思う。また、こだわりの給食を通して健康的な食事とはどういうものかという基準が出来上がり、保育園の環境と保育方針を通して自然をよきものと考える価値観が育った。私には出来ない整理整頓が出来るのも、自閉症的なこだわりとはいえ、徹底的に片付けられた保育園の環境が彼女に与えたスキルだと思っている。
保育園は人生のスタートを切る場所、人間が最も重要な時期を過ごす環境である。いうなれば、人格形成の基礎を作る場所である。20年後、30年後の日本人がどのような姿をしているかをデザインしたいなら、保育園に注目すべきだ。親の生活習慣や育児能力には大きな個人差があるけれど、子どもは親を選べない。「今時の親は育児ができない」などと言っているより、保育園に子どもを集めて質の高い保育をすればいい。多くの日本の保育園には、素晴らしい保育思想、保育文化、保育の伝統、保育技術があると思っている。ここにお金をかけずにどこにかけるのかと言いたい。
わが子は発達障害だが、入園についていえば0歳だったから適応できたと思う。もし1歳になっていたら難しかっただろう。やがて、他の子どもたちの発達にともない、複雑化、高度化する集団社会についていけなくなり、二次障害を発症して退園したのだが、それは私の責任だと思う。もう少し早く、行き渋りがでてすぐに退園すればよかったのだけれど、保育園に未練のあった私のひと夏の躊躇が、二次障害を引き起こしたのだと思っている。
障害が重い場合、発達障害児と定型発達児との違いは、年齢が大きくなるほど顕著になってくる。ゆえに、子どもはみんな0歳から保育園に預けてしまえばよいとさえ思っている。親以外の人間に対する基本的な信頼と関心を育てることは、自閉傾向のある子どもにとっては決定的な財産になる。そんなに保育園を信頼したり評価したり出来ないという意見もあるだろうが、それは、ダメな保育園が実際にあるからだろう。
今、保育園は規制緩和と予算削減にさらされている。待機児童の問題ばかりが注目され、保育の質についての議論が聞こえてこない。どれだけ安く、たくさんの乳幼児を預かり、母親を労働力に変えるか・・・そんな話ばかりでは日本の未来はどうなるのだろう。園長以外は全員非正規のパートで、「○○ちゃんの先生」という人が存在しない保育園が既にある。子どもがいつまでたっても先生の名前を覚えない事に親が疑問を呈すると、「私たちの園では保育士全員がすべての子どもに対して責任を持っています。クラス担任というものはないのです」という美しい答えが返ってきたという。あなたはそんな園に子どもを預けたいだろうか?
娘が保育園をやめてから6年も経っているので、本当は当事者として発言する権利はないんだけれど、最後にひとつだけ言いたいことがある。
国の定める保育所の人員配置基準は、3歳児20人に対して保育士1人、4歳児以上30人に対して保育士1人。というものである。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/syakaiteki_yougo/dl/02.pdf
他にも児童1人当たりの面積など、問題はたくさんあるけれど、これは現場を知らない人が決めた基準だと思う。実際には各園が1.5倍から2.0倍の保育士を配置しているようだが、この先経費を削らねばならないなら、もう人件費しかないだろう。現状でも保育士の収入は、その専門性や責任の重さに比してあまりにも低く、社会的な評価も高いとはいえない。予算を削られた保育園が経費を減らそうとするとき、国の基準は3歳児20人、4・5歳児30人を1人で保育することを認めているのだ。これは、子どもの命の軽視である。
保育園には未来の日本人の姿を規定する可能性がある。
大切にしたい。日本の保育文化を大切にしたい。
予算を増やして保育園を増やし、受け入れ児童数を増やし、
国の基準を見直して保育の質を高めていって欲しい。