「国家戦略特区」において家事支援の外国人労働者受け入れるというニュースが。。。
 
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140607/k10015048111000.html

女性の社会進出のための支援だという政策に対して、ささやかな自分自身の経験からもの申すのもなんだけど、ものすごく難しいと思う。

外国人を家事労働のために雇うには、わかっていなければいけないことがたくさんある。
人を教育して使う難しさは、ビジネスをしている人にはわかると思うけど、家の中に入れるというのはものすごく難しい。正直、日本人家政婦を頼むのだって、ものすごく難しいことなんだ。

かつて母方の実家はとーっても大きな家だったので、母が子どもの頃にはずっとお手伝いさんがいた。しかし、専業主婦である祖母はすべての家事をとりしきり、雑用だけをお手伝いさんに手伝ってもらう状態だったらしい。もちろんお手伝いさんの部屋があり、自分の子どもとわけ隔てなく寝食をともにさせ、休みを与えて子どもたちと一緒に繁華街へ遊びに行かせたりしていたらしい。昔のお金持ちの話ではあるけれど、お手伝いさんがいなくなり、家族だけで食事をしたときには、こんなに気楽な生活があるのかと本当に嬉しかったという。専業主婦が自分の監督下で家事を手伝ってもらうだけでも、けして夢のように楽な話ではないのである。

私は中国で暮らしていた頃、学生時代から仕事をしていた時期にかけて、5人の家政婦さんと2つの家事代行サービスに、部屋の鍵を渡す通いの形でお世話になった。なんで家政婦さんを雇ったかって?もちろん、限られた中国生活の時間を家事労働に使いたくなかったから。その分、勉強や仕事をしていたかったから。でも、家政婦さんを使う事にはものすごくエネルギーをとられた。私は中国語でのコミュニケーションに不自由はしなかったけど、それでも我慢や努力を重ねてなんとか使っていた状態。人生勉強だと思って頑張っていたくらいである。

最初に直面した問題は、家政婦さんの文化程度が低すぎたこと。もともと日本人主婦の家事のクオリティーは世界的に見ても高いと思う。衛生観念ひとつとっても、素晴らしく要求レベルが高い。それが、汚い雑巾をいつまでも使っていたり、トイレ掃除に使ったモップで部屋をふかれたり、台ふきんと食器用のふきんを分けられなかったり。自分自身が汚いと感じないわけだから、何度教えても覚えられない。土間で育った人には、玄関で靴を脱ぐ家の床はきれいに見えて、掃除の必要性が感じられない。私は何度も自分で床を拭いて見せ、拭く前と拭いた後の違いを教えようとしたけど、理解してもらえなかった。衛生環境が良くなかったので、私は食器やふきんをかなり神経質に消毒していたのだけれど、農村出身の家政婦さんには消毒の仕方も覚えられなかった。しかも、貧乏な家に育った彼女は限られた食材しか使ったことがなく、肉料理や魚料理は作れず、日本料理など全く覚えることができなかった。

懲りた私は、工場での仕事経験があり、家事能力も高いという評判の人を見つけた。その人は潔癖症のあまり周りの人に疎まれているという評判の人だった。その人は感染症に弱い私のために、洗濯するのに下着の熱湯消毒までしてくれて、私は彼女のおかげで衛生的な生活が出来た。買い物の上手い彼女は食費を安く上げてくれて、作る食事は栄養があっておいしかった。カレーライスくらいは一度教えて食べさせれば、次から作れるようになった。しかし、彼女にも問題はあった。「鉄飯碗」といわれる国有企業に雇われる立場に慣れた彼女は、私に雇われているという感覚がなかった。自分が家事を取り仕切っているという事で、まるで親のように私の生活に干渉した。もっとご飯を食べろ、もっと温かい服を着ろ、勉強ばかりしていないで友達と遊びに行け、風邪をひいているのだから学校を休め、などなど。彼女は本当に愛してくれたし、近所の人にも「うちのお嬢は大学で勉強しているんだよ」と自慢して言いふらすほどだったが、私に対しては本当にエラそうで、四六時中、怒られてばかりいた。

その後は、仕事をしていて収入が十分にあったことから、ホテルや高級アパート用の家事代行サービスに、掃除と洗濯、買い物と下ごしらえだけを頼む生活が続いた。これはとびきり値段が高いだけあって、スタッフは皆高学歴でマニュアル通りに動くので、家事としては無難なクオリティーだった。まあ、私が一人暮らしで大した要求もなく、仕事でほとんど家にいなかったという事もあるだろうけど。

その後、私が結婚して子どもを産んでからの家政婦さんたちは、日本人の生活スタイルを学ぶ意欲と能力を持った人たちを夫が探してきたので、そんなに大きな問題はなかったのだけれど、それでも人を使うという意味では何かと気を使った。相手の自尊心を傷つけないように尊重しつつ、こちらのやり方を覚えてもらうのは並大抵ではない。家の中の日常生活における文化ギャップは想像を絶する。家政婦さんたちも頑張ったけど、私も中国人の生活様式に歩み寄り、とくに食事は毎日三食とも脂っこい中国料理を受け入れた。

日本で働くのだから日本レベルの家事をこなせというなら、教育レベルと学習能力、基本的な家事能力の物凄く高い人材を選んで連れてこなければならない。その上、日本語の能力まで求めるのだろう。そんな人たちに給料を払えるほど、日本の女性は稼げるんだろうか?仕事と家事に忙殺されている女性たちに、受け入れの段階で時間をかけて、外国人を忍耐強く教育することなんて出来るんだろうか?

実はすでに別な形で家事労働は輸入されていて、農村での外国人妻が一つの前例となっていると思う。私の知っているある地域では、約176000人の人口のうち、2500人ほどが外国人であるが、この「外国人」には帰化した中国人妻や彼女たちの産んだ子どもは含まれていない。交流団体の数字では既に5000人以上がこの地域に嫁いできたという。さてさて、家族になる覚悟で受け入れた人たちと、彼女たちの文化ギャップの問題はどうなっているのだろう。家政婦は嫁より扱いやすいなどと思うなかれ。一つの台所を二人で使う事は容易くない。主婦である立場を完全に降りるのでなければ、家事を人に任せるのは恐ろしく難しい。子どもまで預けるならなおさらである。


賛成も反対もしないけど、家事支援の外国人労働者受け入れは物凄く難しいだろうと思う。誰でも家政婦が出来るわけではないように、誰にでも家政婦が使えるわけではない。家事を人に任せるには、大変な忍耐と努力がいる。本当に上手くいったなら、日本は変わるだろう。異文化への尊重が根付くだろう。カタコトの英語や、中国語、韓国語の話せる子どもが育つかもしれない。