中国語と、「書く」という行為について
さて、今では中国人である夫との共通言語として使っている、中国語との出会いについて述べておこう。第二外国語の中国語は、全く何をすべきかわからなかったので、生協の書籍部で中国語のテープを買い、流しっぱなしで聞くことにした。これは、結果的には全く試験の準備につながらず、私は1年目の単位を落としてしまった。私はその当時すでに、中国語を話せるようになる自分をイメージしていたが、大学を卒業するために何をしなければならないのか、全く分かっていなかった。1年目の単位を落とした私は、中国語の成績のよい女の子にノートを借りて、その子のノートを写すことにした。写してみて吃驚した。彼女はノートの左側に教科書(もちろん全て簡体字)を全部写して、ピンインと呼ばれる発音記号と、文法的な要点をびっしりと書き込み、右側に日本語訳を書きこんでいたのである。これは素晴らしい方法だった。「こんなにたくさん書かなければいけないのか!」。私は、彼女のノート数冊をすべて写し、写し終わった頃には、次の教科書について、自分で同じようにノートを作れるようになっていた。というわけで、次の年には私は中国語で「優」をとることができた。とはいえ、私が卒業後、中国に留学したことは非常に無謀な挑戦であったとつぶやいておく。
これまでの学習経験で、ひとつ言い残したことがある。中国語の教科書を全部写したと書いたが、それほどたくさん書けるようになったのは、少しずつゆっくりと膨大な時間をかけているうちにだ。英語も受験期に英作文の練習として、書き換え問題などの短文を問題集から写して書くようになっていたのだが、このときにひとつ注意がある。間違いや誤字脱字にとらわれないことだ。完ぺきを求めて何度も書き直したりはしない。とにかく頭からおわりまで、淡々と写すのである。当然、誤字やスペル間違いだらけになり、行が飛んでしまったりするが、それは数日後に見直したときに、自分で発見して訂正すればよい。不思議なことに、自分の書いた誤字脱字が後で見えてくるのである。それを修正していくことで、少しずつ書けるようになるのだ。このとき重要なのは、正しく書かなければいけないというストレスから解放されていることである。書くという作業をしている自分を高く評価し、出来上がりの質などは問わない。とにかく、内容を少しでもながめながら、前へ前へと進む事である。
勉強を教えるという経験から
大学時代のもう一つの学習経験、家庭教師や塾講師として学んだ事に少しだけ触れておきたい。私は中学2年生の家庭教師を1年やり、進学塾で2年間、学校授業の補習塾で1年間アルバイトをしていた。算数、数学、国語、英語などを塾のカリキュラムに従って教えていたのだが、できる子どもを教えるのは全く難しい事ではなかった。塾のカリキュラム通りに授業をこなせば、子どもの「問題に正解する能力」は上がるのである。進学塾で教えていたのは、勉強であるよりは、試験で正解するためのアプローチと技であり、芸を仕込んでいるようで不謹慎な気分になったが、これはこれで面白かった。「君たちは成績を上げるためにご両親にお金を払ってもらっていて、私はお金をもらって君たちの成績を上げる仕事をしている。私たちは同じ目的の為に共同作業をしているのだ」と子どもたちに伝えて、自分流の緊張を作り出したりしていた。
難しく、かつ本当に面白かったのは、勉強の苦手な子どもたちであった。彼らは今やっていることが分からなくなっているのであり、塾で用意されたプリントやテキストでは問題が解決しなかった。何が分からないのか、例えば九九の定着で躓いているのか、分数の概念が分かっていないのか、子どもの躓いていることを特定しなければならない。彼らは何年も前から迷子になったまま歩いてきたのである。これは立ち止まって、分からなくなったところからやり直すのが早い。たとえば、平方の概念が分からないのに、平方センチメートルと平方メートルの変換を含む文章題などはできない。黒板に大きな1メートルを線で描き、1センチずつ100目盛りをとらせる。さらに縦にも1メートルをとらせて、1平方メートルを作る。それに線を入れて10000平方センチメートルを作り、升目を数える・・・とやっていれば、子どもは途中で「もうわかったからいいです」と言い出す。そして、2度と間違えない。彼らにしても学習障害と言われるほどの困難を抱えていたわけではないので、そんな事に膨大な時間を使いながらも、何とか予定のカリキュラムをこなすことができた。
当たり前のことを念のために言っておきたい。当時、子どもたちに勉強を教えていた私だが、今、灘や開成、ラ・サール中学の問題をやれと言われても出来ない。中学レベルの英単語にしても、ろくに書けない。忘れてしまったのである。当時の私は、アルバイト代をもらうためにある種の知識を使っていたが、別に基礎学力がそれで付いたわけではない。そういうのが付く人もいるだろうが、私は付かない方に属している。そして、かなりの人がそんなもの忘れてしまっても、社会生活を出来ていると思うのだ。それなら、始めから終りまで、出来なくたっていいと思う。今、私が生活に必要としていて、曲がりなりにも勉強し続けているのは生命保険についての知識だけだ。この業界では高卒以上の学歴が資格試験の受験要件になっているけれども、この業界で稼いでいく上で、学歴は全く関係ない。ロンドン大学の修士号も、経済学研究科博士課程中退という過去も、何の意味もない。年齢も性別も学歴も、バカバカしく清々しいくらいに関係ない。でも、生命保険とそれに関わる知識は勉強し続けなければならない。お客様のために。自分自身が誇りと誠意をもって生きていくために。
人間、やらなきゃならないことは、その時がきたらやるものだと思う。
・出来ないことは人に助けてもらう・・・ノートは借りる
・目的達成のために、求められていることを知る
・勉強も研究も、後になれば大した意味はないかもしれない
・完成度に拘らず、どんどん「書く」
さて、今では中国人である夫との共通言語として使っている、中国語との出会いについて述べておこう。第二外国語の中国語は、全く何をすべきかわからなかったので、生協の書籍部で中国語のテープを買い、流しっぱなしで聞くことにした。これは、結果的には全く試験の準備につながらず、私は1年目の単位を落としてしまった。私はその当時すでに、中国語を話せるようになる自分をイメージしていたが、大学を卒業するために何をしなければならないのか、全く分かっていなかった。1年目の単位を落とした私は、中国語の成績のよい女の子にノートを借りて、その子のノートを写すことにした。写してみて吃驚した。彼女はノートの左側に教科書(もちろん全て簡体字)を全部写して、ピンインと呼ばれる発音記号と、文法的な要点をびっしりと書き込み、右側に日本語訳を書きこんでいたのである。これは素晴らしい方法だった。「こんなにたくさん書かなければいけないのか!」。私は、彼女のノート数冊をすべて写し、写し終わった頃には、次の教科書について、自分で同じようにノートを作れるようになっていた。というわけで、次の年には私は中国語で「優」をとることができた。とはいえ、私が卒業後、中国に留学したことは非常に無謀な挑戦であったとつぶやいておく。
これまでの学習経験で、ひとつ言い残したことがある。中国語の教科書を全部写したと書いたが、それほどたくさん書けるようになったのは、少しずつゆっくりと膨大な時間をかけているうちにだ。英語も受験期に英作文の練習として、書き換え問題などの短文を問題集から写して書くようになっていたのだが、このときにひとつ注意がある。間違いや誤字脱字にとらわれないことだ。完ぺきを求めて何度も書き直したりはしない。とにかく頭からおわりまで、淡々と写すのである。当然、誤字やスペル間違いだらけになり、行が飛んでしまったりするが、それは数日後に見直したときに、自分で発見して訂正すればよい。不思議なことに、自分の書いた誤字脱字が後で見えてくるのである。それを修正していくことで、少しずつ書けるようになるのだ。このとき重要なのは、正しく書かなければいけないというストレスから解放されていることである。書くという作業をしている自分を高く評価し、出来上がりの質などは問わない。とにかく、内容を少しでもながめながら、前へ前へと進む事である。
勉強を教えるという経験から
大学時代のもう一つの学習経験、家庭教師や塾講師として学んだ事に少しだけ触れておきたい。私は中学2年生の家庭教師を1年やり、進学塾で2年間、学校授業の補習塾で1年間アルバイトをしていた。算数、数学、国語、英語などを塾のカリキュラムに従って教えていたのだが、できる子どもを教えるのは全く難しい事ではなかった。塾のカリキュラム通りに授業をこなせば、子どもの「問題に正解する能力」は上がるのである。進学塾で教えていたのは、勉強であるよりは、試験で正解するためのアプローチと技であり、芸を仕込んでいるようで不謹慎な気分になったが、これはこれで面白かった。「君たちは成績を上げるためにご両親にお金を払ってもらっていて、私はお金をもらって君たちの成績を上げる仕事をしている。私たちは同じ目的の為に共同作業をしているのだ」と子どもたちに伝えて、自分流の緊張を作り出したりしていた。
難しく、かつ本当に面白かったのは、勉強の苦手な子どもたちであった。彼らは今やっていることが分からなくなっているのであり、塾で用意されたプリントやテキストでは問題が解決しなかった。何が分からないのか、例えば九九の定着で躓いているのか、分数の概念が分かっていないのか、子どもの躓いていることを特定しなければならない。彼らは何年も前から迷子になったまま歩いてきたのである。これは立ち止まって、分からなくなったところからやり直すのが早い。たとえば、平方の概念が分からないのに、平方センチメートルと平方メートルの変換を含む文章題などはできない。黒板に大きな1メートルを線で描き、1センチずつ100目盛りをとらせる。さらに縦にも1メートルをとらせて、1平方メートルを作る。それに線を入れて10000平方センチメートルを作り、升目を数える・・・とやっていれば、子どもは途中で「もうわかったからいいです」と言い出す。そして、2度と間違えない。彼らにしても学習障害と言われるほどの困難を抱えていたわけではないので、そんな事に膨大な時間を使いながらも、何とか予定のカリキュラムをこなすことができた。
当たり前のことを念のために言っておきたい。当時、子どもたちに勉強を教えていた私だが、今、灘や開成、ラ・サール中学の問題をやれと言われても出来ない。中学レベルの英単語にしても、ろくに書けない。忘れてしまったのである。当時の私は、アルバイト代をもらうためにある種の知識を使っていたが、別に基礎学力がそれで付いたわけではない。そういうのが付く人もいるだろうが、私は付かない方に属している。そして、かなりの人がそんなもの忘れてしまっても、社会生活を出来ていると思うのだ。それなら、始めから終りまで、出来なくたっていいと思う。今、私が生活に必要としていて、曲がりなりにも勉強し続けているのは生命保険についての知識だけだ。この業界では高卒以上の学歴が資格試験の受験要件になっているけれども、この業界で稼いでいく上で、学歴は全く関係ない。ロンドン大学の修士号も、経済学研究科博士課程中退という過去も、何の意味もない。年齢も性別も学歴も、バカバカしく清々しいくらいに関係ない。でも、生命保険とそれに関わる知識は勉強し続けなければならない。お客様のために。自分自身が誇りと誠意をもって生きていくために。
人間、やらなきゃならないことは、その時がきたらやるものだと思う。
・出来ないことは人に助けてもらう・・・ノートは借りる
・目的達成のために、求められていることを知る
・勉強も研究も、後になれば大した意味はないかもしれない
・完成度に拘らず、どんどん「書く」