大学受験
予備校生活
大学受験にあたっては、先に述べたYMCAの関関同立コースに1年間通ったのだが、予備校のような教室で勉強するのは久方ぶりだった。ちなみに、国語の点数がよかったのでこのコースに入れたのだが、コース選択試験で私の英語は偏差値24だったと後で聞いた。一日目の一時間目の授業で、古典の先生が入ってきて「おはようございます」と言われたので、「おはようございます」と答えたら、声を出したのが自分一人で吃驚した。予備校は、基本的には先生が話すのを聞いているところだったのだ。毎日、朝から予備校へ行くのは大変なことで、過保護と言われながらも母が車で送ってくれていた。一日中だまって座っていることは大変だったが、二十歳前の私は12歳の小学生が感じたほどには苦痛を感じなくなっていた。しかも、授業は新鮮で面白かった。ただ、予習というものが必要だと言われたので、やり始めてまたまた吃驚した。私は英語の長文を読んだことがなかったのだ。
英語の文章が全くの模様に見えて、一つ二つ単語を辞書で引いても、これは全く歯が立たず、結局、1年間は勉強時間のほとんどを英語にとられてしまった。文法もやっていなかったので、英語のはじめての授業で「S、V、Cってなんですか?Oもわかりません」とやってしまい、「後で来なさい」ということになった。先生は、名詞、動詞、形容詞、主語、述語、などを一通り説明してくれたが、そんなに一度にわかるはずがない。まあ、わからない授業もそれなりに聞いていなければ仕方ないなと諦めた。
英語について
ここで、唐突だが具体的な勉強の方法をひとつご披露したい。
S:主語 V:動詞 C:形容詞 O:目的語
文法をはじめに勉強するときは、今日はSを理解する日と決めて、長文の全部の主語に○をつけさせるというやり方を採りたい。他の文法的なことや、単語、文の意味はわからなくていい。主語を○で囲むと言う作業を延々とやって、主語とは何かをなんとなくわかるようにし、「これの名前がSだよ」とやる。次に述語をというのが文法の普通のやり方だろうが、述語なんてどうでもいいと私はおもう。次は別の日にして、今日は一番大切なことをやるからと、動詞を全部□で囲ませる。動詞は文章の中で一番偉い、なぜかと言うと、現在過去未来のいつの話かということを示す、時制がついているのは動詞だけだからだ。主語が単数なのか複数なのかも動詞に現れる。という事で、動詞を見つけるという作業を延々とやって数日かかる。それから話はぽんと飛んで、前置詞in、on、atなどの話になる。これが付いているのは偉くないから、カッコの中に入れてしまおう・・・と、全部括弧の中に入れて隔離してしまう。極端にいえば、英語なんか読んでいないのだけれど、文法的に分解するという作業を通して、構造を視覚化して英文の眺めに慣れていくのである。
私はこれをかなり徹底的にやった。そうすると、知らない単語でもこれが動詞だとか、be動詞のあとの形容詞だとかわかるようになってくる。そうすると、かなり視界がよくなってくるのである。私が英語を語るのは筋違いなのでこれ以上深入りしないが、いつか発達障害の子どもに英語を教えたいと思っていて、先ずは書く行為なしの「口移し」で英語に対するアレルギーをなくしてから、短文の書き写しをやって、その書いた短文の分解をやりたいと思っている。
英語の他に現代国語と古典と漢文と世界史の授業を受けていたが、二十歳前になっていた私にはどれも面白かった。お金を払ってカルチャーセンターの講座に参加するのと同じである。そして、その頃には自分の受験する大学の試験はマークシートだとわかっていたので、漢字などで多少点数をおとしても、大勢に影響はないという気分でいた。毎日、予備校で仲良くなった女の子たちと、ご飯を食べたり、車でドライブしたりしてよく遊んだ。それでも、英語の予習は困難を極めたので、筆圧の高い私は腱鞘炎になり、ストレスで胃潰瘍にもなった。
試験はコミュニケーション
その時期、私はまたまたスーパー家庭教師に出会う。この先生は、同志社大学の入学試験の英語の採点をしていたことがあって、例えば英文和訳なら、動詞を間違えたら何点減点、品詞があっていれば「食べる」を「着る」と約しても、「白い」を「黒い」と訳しても、大した減点はされない・・・といった情報をもっていた。また、試験と言うのが、「この事を知っていますか?」「はい、あなたが知りたいのは、私がこの事を知っているかどうかですね」という、出題者とのコミュニケーションゲームだということを教えてくれた。
基本的に、何を聞かれているのか理解できれば、解けるか解けないか白黒がはっきりして、「わからない」というパニックにはならない。そして、国語や世界史などにも正解へたどりつく為のカギ、いうなれば正解を1つに限定するための根拠が必ず問題の中に書かれている・・・という当たり前のことがよくわかった。模擬試験の点がどうであろうが、偏差値がどうであろうが、それは私の人格や知性を測ったり試したりするものではない。自分は大学受験というゲームに参加しているだけだという認識をもって、淡々と受験準備が進められた。ちなみに、12月に受けた最後の模試では、「同志社大学文学部合格可能性4%、要志望校変更」という結果だったが、私は先生や家族と一緒に笑っていたのである。
・環境への不快感は年齢を重ねることで軽減される事もある
・英文は構造を理解すれば見えてくる
・試験はコミュニケーションだと知る
・試験はゲームだという認識を徹底する
予備校生活
大学受験にあたっては、先に述べたYMCAの関関同立コースに1年間通ったのだが、予備校のような教室で勉強するのは久方ぶりだった。ちなみに、国語の点数がよかったのでこのコースに入れたのだが、コース選択試験で私の英語は偏差値24だったと後で聞いた。一日目の一時間目の授業で、古典の先生が入ってきて「おはようございます」と言われたので、「おはようございます」と答えたら、声を出したのが自分一人で吃驚した。予備校は、基本的には先生が話すのを聞いているところだったのだ。毎日、朝から予備校へ行くのは大変なことで、過保護と言われながらも母が車で送ってくれていた。一日中だまって座っていることは大変だったが、二十歳前の私は12歳の小学生が感じたほどには苦痛を感じなくなっていた。しかも、授業は新鮮で面白かった。ただ、予習というものが必要だと言われたので、やり始めてまたまた吃驚した。私は英語の長文を読んだことがなかったのだ。
英語の文章が全くの模様に見えて、一つ二つ単語を辞書で引いても、これは全く歯が立たず、結局、1年間は勉強時間のほとんどを英語にとられてしまった。文法もやっていなかったので、英語のはじめての授業で「S、V、Cってなんですか?Oもわかりません」とやってしまい、「後で来なさい」ということになった。先生は、名詞、動詞、形容詞、主語、述語、などを一通り説明してくれたが、そんなに一度にわかるはずがない。まあ、わからない授業もそれなりに聞いていなければ仕方ないなと諦めた。
英語について
ここで、唐突だが具体的な勉強の方法をひとつご披露したい。
S:主語 V:動詞 C:形容詞 O:目的語
文法をはじめに勉強するときは、今日はSを理解する日と決めて、長文の全部の主語に○をつけさせるというやり方を採りたい。他の文法的なことや、単語、文の意味はわからなくていい。主語を○で囲むと言う作業を延々とやって、主語とは何かをなんとなくわかるようにし、「これの名前がSだよ」とやる。次に述語をというのが文法の普通のやり方だろうが、述語なんてどうでもいいと私はおもう。次は別の日にして、今日は一番大切なことをやるからと、動詞を全部□で囲ませる。動詞は文章の中で一番偉い、なぜかと言うと、現在過去未来のいつの話かということを示す、時制がついているのは動詞だけだからだ。主語が単数なのか複数なのかも動詞に現れる。という事で、動詞を見つけるという作業を延々とやって数日かかる。それから話はぽんと飛んで、前置詞in、on、atなどの話になる。これが付いているのは偉くないから、カッコの中に入れてしまおう・・・と、全部括弧の中に入れて隔離してしまう。極端にいえば、英語なんか読んでいないのだけれど、文法的に分解するという作業を通して、構造を視覚化して英文の眺めに慣れていくのである。
私はこれをかなり徹底的にやった。そうすると、知らない単語でもこれが動詞だとか、be動詞のあとの形容詞だとかわかるようになってくる。そうすると、かなり視界がよくなってくるのである。私が英語を語るのは筋違いなのでこれ以上深入りしないが、いつか発達障害の子どもに英語を教えたいと思っていて、先ずは書く行為なしの「口移し」で英語に対するアレルギーをなくしてから、短文の書き写しをやって、その書いた短文の分解をやりたいと思っている。
英語の他に現代国語と古典と漢文と世界史の授業を受けていたが、二十歳前になっていた私にはどれも面白かった。お金を払ってカルチャーセンターの講座に参加するのと同じである。そして、その頃には自分の受験する大学の試験はマークシートだとわかっていたので、漢字などで多少点数をおとしても、大勢に影響はないという気分でいた。毎日、予備校で仲良くなった女の子たちと、ご飯を食べたり、車でドライブしたりしてよく遊んだ。それでも、英語の予習は困難を極めたので、筆圧の高い私は腱鞘炎になり、ストレスで胃潰瘍にもなった。
試験はコミュニケーション
その時期、私はまたまたスーパー家庭教師に出会う。この先生は、同志社大学の入学試験の英語の採点をしていたことがあって、例えば英文和訳なら、動詞を間違えたら何点減点、品詞があっていれば「食べる」を「着る」と約しても、「白い」を「黒い」と訳しても、大した減点はされない・・・といった情報をもっていた。また、試験と言うのが、「この事を知っていますか?」「はい、あなたが知りたいのは、私がこの事を知っているかどうかですね」という、出題者とのコミュニケーションゲームだということを教えてくれた。
基本的に、何を聞かれているのか理解できれば、解けるか解けないか白黒がはっきりして、「わからない」というパニックにはならない。そして、国語や世界史などにも正解へたどりつく為のカギ、いうなれば正解を1つに限定するための根拠が必ず問題の中に書かれている・・・という当たり前のことがよくわかった。模擬試験の点がどうであろうが、偏差値がどうであろうが、それは私の人格や知性を測ったり試したりするものではない。自分は大学受験というゲームに参加しているだけだという認識をもって、淡々と受験準備が進められた。ちなみに、12月に受けた最後の模試では、「同志社大学文学部合格可能性4%、要志望校変更」という結果だったが、私は先生や家族と一緒に笑っていたのである。
・環境への不快感は年齢を重ねることで軽減される事もある
・英文は構造を理解すれば見えてくる
・試験はコミュニケーションだと知る
・試験はゲームだという認識を徹底する