自分が発達障害だと気付いたのは、娘が4歳で発達障害だと診断され、発達障害についてたくさん本を読んだり話を聞いたりしてからだった。つまり、40歳まで自分がどうして生きているだけでこんなに苦しいのか、知らないまま生きてきたことになる。
娘は自閉症スペクトラムによるたくさんの問題に加え、重度のディスレクシア(難読症)、学習障害を持っている。それについてもたくさんの本があるのだが、字が裏返って正しく書けないこと、数字や漢字、英語のスペリングが解らないことなどは、私にも経験があった。今でも漢字は書けないが、この文章が書けるし、中国語ができる。中国語は漢字だけで表記される言語であるが、私は大学卒業後2年間の中国留学をして、30歳から2年間、外務省の専門調査員として中国の重慶市で働いていた。現地で働くと言うことは、当然業務レベルの中国語会話が出来、中国語で書かれた公式、非公式の様々な文章を読んで情報をとり、日本語で報告書や発表の為の文章が書けるということでもある。また、今でも中学生レベルの英単語が書けないが、27歳から3年間イギリス留学をし、ロンドン大学の修士号を取得した。つまり、当時は英語で大学院レベルの試験をパスし、修士論文が書けたということである。ちなみに、小学校時代はコミュニケーション困難に散々苦しみ、学校にも行けなくなるほどだったが、今は生命保険の代理店をやっている。つまり、最も難しい業界の一つで営業職をしていると自負しているのである。
この文章は、発達障害によるコミュニケーション困難や、学習障害を持つ子どもたちのご両親に読んで欲しい。自分自身の経験と、同じ障害を持つ娘を育てている経験を語ることから、未来を恐れず、今を諦めず、共に信じて生きて行こうという提案をしたい。
私に出来たのだからあなたにもできる、などと言う人間を私は信じないし、好きじゃない。人は千差万別で、抱えている困難の種類にも重さにも大きな違いがあると思う。とりあえず、私たちは生きているだけで大変だ。それでもこの本を書こうと思ったのは、誰かの役に立つかもしれないとアドバイスを受けたからだ。発達障害や学習障害というのは、定型発達に対する非定型発達というだけのくくりであり、その内実は本当に様々だ。その多様性を知っている私からすると、「一人ひとりの個性に応じた一対一の支援」というのが理想であって、「私の場合」を語る意味を今まで感じなかった。それでも、発達障害の子どもたちの苦労を見聞きするにつけ、私がサバイバル人生の中で身に付けた「工夫」や「技」を伝えたいと思うようになった。理論的でも系統だってもいないけど、我流で身に付けた私のサバイバルスキルが、「自分自身のスキル」を作り上げる為の参考になればとても嬉しい。そして何より、現実には困難を極める発達障害、学習障害との共存を、「技」で超えたりごまかしたりしていける程度のもの、だと認識してもらえれば本当に嬉しい。
娘は自閉症スペクトラムによるたくさんの問題に加え、重度のディスレクシア(難読症)、学習障害を持っている。それについてもたくさんの本があるのだが、字が裏返って正しく書けないこと、数字や漢字、英語のスペリングが解らないことなどは、私にも経験があった。今でも漢字は書けないが、この文章が書けるし、中国語ができる。中国語は漢字だけで表記される言語であるが、私は大学卒業後2年間の中国留学をして、30歳から2年間、外務省の専門調査員として中国の重慶市で働いていた。現地で働くと言うことは、当然業務レベルの中国語会話が出来、中国語で書かれた公式、非公式の様々な文章を読んで情報をとり、日本語で報告書や発表の為の文章が書けるということでもある。また、今でも中学生レベルの英単語が書けないが、27歳から3年間イギリス留学をし、ロンドン大学の修士号を取得した。つまり、当時は英語で大学院レベルの試験をパスし、修士論文が書けたということである。ちなみに、小学校時代はコミュニケーション困難に散々苦しみ、学校にも行けなくなるほどだったが、今は生命保険の代理店をやっている。つまり、最も難しい業界の一つで営業職をしていると自負しているのである。
この文章は、発達障害によるコミュニケーション困難や、学習障害を持つ子どもたちのご両親に読んで欲しい。自分自身の経験と、同じ障害を持つ娘を育てている経験を語ることから、未来を恐れず、今を諦めず、共に信じて生きて行こうという提案をしたい。
私に出来たのだからあなたにもできる、などと言う人間を私は信じないし、好きじゃない。人は千差万別で、抱えている困難の種類にも重さにも大きな違いがあると思う。とりあえず、私たちは生きているだけで大変だ。それでもこの本を書こうと思ったのは、誰かの役に立つかもしれないとアドバイスを受けたからだ。発達障害や学習障害というのは、定型発達に対する非定型発達というだけのくくりであり、その内実は本当に様々だ。その多様性を知っている私からすると、「一人ひとりの個性に応じた一対一の支援」というのが理想であって、「私の場合」を語る意味を今まで感じなかった。それでも、発達障害の子どもたちの苦労を見聞きするにつけ、私がサバイバル人生の中で身に付けた「工夫」や「技」を伝えたいと思うようになった。理論的でも系統だってもいないけど、我流で身に付けた私のサバイバルスキルが、「自分自身のスキル」を作り上げる為の参考になればとても嬉しい。そして何より、現実には困難を極める発達障害、学習障害との共存を、「技」で超えたりごまかしたりしていける程度のもの、だと認識してもらえれば本当に嬉しい。