私の子育てで大切にしていることは
自尊感情と自己肯定感の育成です。
娘は学習障害なので、学力と自己評価を切り離すこと、
出来る、わかる、面白いなどの学習体験に気を配っています。
ところで、
今日は愛情などという抽象的なものについてです。
私は普段、愛情についてはあまり語りません。
あって当たり前だと信じているからです。
人の気持ちが読めない子どもに伝わるように
「日常的に言葉で繰り返し伝えてください」
とは、言いますが。ないというのは想定していません。
最近、友人と話をしていて、
どういう異性を好きになるかという話になり、
自分を好きだと思ってくれる人を
だんだん好きになるのだということを聞きました。
人を好きになる基準は、
自分を大切に思ってくれるかどうか。
彼女にとって愛されることは、
大変難しいことなのでした。
それは、子どもの頃から、
大切にされていないと感じてきたからだそうです。
これは、自尊感情の欠乏だと私には思えました。
私は自分を好きになってくれるという基準で、
人を探したことはありません。
自分が好きな人が、自分を好きになってくれるように、
そういう能動的な感情の方向性です。
別に自意識過剰なわけではなく、
モテると思っているわけでもありません。
どちらかというと、
他人に愛されることを、さして求めていないのです。
自分が愛されているかどうかに鈍感でいられるのは、
子どもの頃から浴びるほど家族に愛されてきたからでしょう。
愛を求めるような状態を、私は経験したことがありません。
自分が大切なのは当たり前で、
愛されているのも普通のことです。
だから、能力によって社会から否定されることで、
自尊感情が失われることだけを避ければ、
自尊感情や自己肯定感は当然育つと考えていました。
しかし、友人のケースを見ていると
やっぱり確認しなければならないようです。
愛情は、自尊感情や自己肯定感の基礎でしょう。
愛は溢れるほどあってあたりまえという状態で、
子育てをしたいと思います。
自尊感情と自己肯定感の育成です。
娘は学習障害なので、学力と自己評価を切り離すこと、
出来る、わかる、面白いなどの学習体験に気を配っています。
ところで、
今日は愛情などという抽象的なものについてです。
私は普段、愛情についてはあまり語りません。
あって当たり前だと信じているからです。
人の気持ちが読めない子どもに伝わるように
「日常的に言葉で繰り返し伝えてください」
とは、言いますが。ないというのは想定していません。
最近、友人と話をしていて、
どういう異性を好きになるかという話になり、
自分を好きだと思ってくれる人を
だんだん好きになるのだということを聞きました。
人を好きになる基準は、
自分を大切に思ってくれるかどうか。
彼女にとって愛されることは、
大変難しいことなのでした。
それは、子どもの頃から、
大切にされていないと感じてきたからだそうです。
これは、自尊感情の欠乏だと私には思えました。
私は自分を好きになってくれるという基準で、
人を探したことはありません。
自分が好きな人が、自分を好きになってくれるように、
そういう能動的な感情の方向性です。
別に自意識過剰なわけではなく、
モテると思っているわけでもありません。
どちらかというと、
他人に愛されることを、さして求めていないのです。
自分が愛されているかどうかに鈍感でいられるのは、
子どもの頃から浴びるほど家族に愛されてきたからでしょう。
愛を求めるような状態を、私は経験したことがありません。
自分が大切なのは当たり前で、
愛されているのも普通のことです。
だから、能力によって社会から否定されることで、
自尊感情が失われることだけを避ければ、
自尊感情や自己肯定感は当然育つと考えていました。
しかし、友人のケースを見ていると
やっぱり確認しなければならないようです。
愛情は、自尊感情や自己肯定感の基礎でしょう。
愛は溢れるほどあってあたりまえという状態で、
子育てをしたいと思います。