今日は朝から夫婦で役所に提出する書類作成の予定だったけど、
突然の来客があり書類を作成するスペースが占領されてしまった。
只今、お二階で待機中。

「お客さんが来て、12時半くらいまでかかるから、
 そのあと書類を作成して、午後から役所へ行きます。」

王さんは多動なので待つのが苦手だけど、
予定を明示しといてあげると落ち着いて待てる。
でも、こういう無為な時間はやっぱり苦手。

「お風呂に入ってきたら?」
「そうする。でも着替えの服がない」
「どうして着替えがなかったら妻にきかないの。あなたの引き出しここだから」
「そうだ。忘れてた。」
「タオルの場所わかってる?」
「覚えてる。下の納戸の引きだし。」

これで対応完了。

王さんは私と結婚した頃は、
中国の内陸部の大都市、重慶で、
広告代理店を経営していた。
ランドスケープデザインの会社や、窯業系の輸入代理店もしていた。
19歳で大学受験に失敗して一年だけ銀行に勤めたけど、
務まらなくて自分で商売を始めた。
22歳でやっぱり商売に学歴が必要だからと美大へ入って、
4年後に最優秀学生で卒業するんだけど、
その間もずっと商売してた。
ちなみに、最優秀学生などという私の虚栄心を満たす情報を王さんがくれることはない。
全部、まわりの友達が教えてくれること。

王さんは商売が上手だったらしい。
でも、儲けたお金については無頓着。
金庫の鍵や、会社の登録印は両親が管理してた。
今思うとADHDとLDの特徴が著しい王さんを育てるのに、
両親は本当に苦労した。
発達障害なんて概念のない中国で、
大変な子育てをしたのはよくわかる。
だから、成人して商才を発揮してからも、
息子のことを全く信用せずに肝心なところは抑えた。
いちいち両親に相談しないと印鑑を押せない社長。
初めは理解できなかったけど、
今なら私にもよくわかる。

王さんは40歳のときに突然、商売を投げ出して、
「画家になる」といって北京の芸術家村にアトリエを持った。
初めの2年くらいは頑張って絵を描いていて、
有名な絵画展で入賞したり、雑誌に載ったりしていたけど、
だんだん自分自身の芸術論が進化してきて、
今ではほとんど絵をかかずに、社会的な現場に入って活動している。

重慶市のとある巨大国有企業の跡地、
廃墟になりつつある、立ち退きのかかった工場町に拠点を置いて、
そこから出ていけない人々の歴史や施設の歴史を、
さまざまな媒体で記録、作品にしている。
海外の芸術家との交流も活発で、
人を招へいしたり、自身が外国に滞在して、
ワークショップや展覧会をやっている。

まあ、中国という社会にも、
こういう活動をする中国人は必要だろう。
それが自分の夫なのも、不都合はあるけど仕方がない。

さてさて、王さんの発達特性に関するエピソードはたくさんあるけど、
そのうち少しずつ書いていこう。
王さんのホームページを張っておくので、
よろしければ覗いてみてください。

http://wanghaichuan.weebly.com/201389438943.html
http://www.wanghaichuan.com/index.html