気がつくと、10歳半にして娘の吃音が完全に消えていた。

実のところ、娘の吃音を気にしたことはない。

酷い吃音だったから指摘されたことは何度もあったけど、
小さい頃は他にもっと深刻な課題が山積。
吃音まで気にしてる場合じゃなかった。

娘の場合は呼吸や発音の問題じゃなくて、
思考が絡まるタイプなのだと言われていた。
私もそう思ったから、特別な支援はしなかった。

生きてるだけでストレスだらけの我が子に
吃音まで意識させなくていいという考え方。

本当の事をいうと、
私は吃音の人とも普通にコミュニケーションできるし、
特に偏見があるわけでもない。
だから、娘の吃音が治らなくても問題ないと思っていた。

慣れてしまって、娘の吃音を忘れていることも多かった。
あまりにも普通に見える娘は、
発達障害だと理解されないことが多いから、
吃音のようなはっきり人に分かる目印がある方が、
配慮を求めるのに説明しやすいとさえ思っていた。

私たちが気にしてなかったから、
娘は、自分の吃音に気づいていなかったと思う。

吃音の事を思い出したのは、
久しぶりに会った娘のお友達のお母さんが、
「ゆえちゃんの吃音治ったね。本当によかったね。」
と驚いて下さったから。

治っても、治らなくても、
吃音なんて大したことじゃないと思う。
不安に思わず、イライラせず、
ゆっくり話し終わるまで待ってればいい。

身近では、有名な中国人の評論家にも吃音がある。
彼の話が聞きづらくても、
話の内容や人格に魅力があるから、人は彼の話を聞く。
私は吃音治すより、
周りが吃音に慣れるほうがいいと思っている。