沖縄の離島と那覇に1週間旅行した。
沖縄は日本で一番所得が低い県の一つ。
官民挙げてなんとか開発しようとしてきた実験場のようでもある。
初めて沖縄に行ってから35年くらい。
その間、20回くらいは通ったから、少しは変化も感じられる。
モノレールや海にかかる橋、役所の建物なんか、公共投資は凄いことになっている。
離島でも、島と島との間に大きな橋がかかったり、港が出来てたりして物凄い。
人口250人の島に、こんなものが必要かという感はあるんだけど、
島の暮らしは便利になったんだろう。
赤い琉球瓦の民家は、ほとんど四角いコンクリートの建物になった。
家々の間を縫う細い道は、昔は白い砂だったのに、徹底的に舗装されてた。
やっぱりコンビニも居酒屋もないけど、それは当り前か・・・。
美しさは随分減ってしまった感があるけど、経済活動は活発になったみたい。
20年ぶりに会ったおばあに「よくなったね」というと、
「すごい借金でたいへんさあ、みんなそうさあ」という。
それでも昔は人口200人だったから、50人くらいも増えている。
本島からのフェリーには、国内のダイビング客や欧米人、中国人がいっぱい。
小学生や中学生も見かけたから、やっぱりこれでいいんだろうか。
小さな島にたくさん車があって、こんな距離でも車で移動するようになったんだと思う。
便利になった分、時間の流れ方もかわったんだろうな。
島の人たちは、昔より幸せに暮らしてるんだろうか。
那覇では国際通りに4泊した。
京都の新京極通とたいして変わらない気もしたけれど、
10歳の娘は凄く喜んだから、若者の心はつかんでるんだろう。
通りは修学旅行生や中国人、台湾人だらけ。
お店で働いている人たちも外国人が目立つ。
私たちはお店に入ると英語や韓国語で話しかけられて、
日本人だと分かると「ごめんなさい」と言われたけど
別に、謝らなくていいですよ(笑)
スーパー、コンビニ、カフェ、レンタルショップ、居酒屋などなど
国内大手資本がつくる町並みは全国共通。
大手のレンタカーが沖縄旅行の脚として定着したけど、
地元のタクシーは台数制限で苦しんでるとか。
安く沖縄に行けるようになったのはいいけど、地元にお金が落ちにくい。
基地関連の経済活動は全体の5%くらい、観光が10%くらいだというけど、
この島は何で食べてるんだろう?
コールセンターの誘致なんかでサービス業が20%くらいあるとか。
それって、インドやフィリピンがアメリカのコールセンターになってるのと同じか。
公共投資とグローバリゼーションと借金。
この島には必死の開発戦略の結果がいっぱい。
これでよかったんだろうか、これ以上どう出来るっていうんだろう。
ひとつすごく嬉しかったこと。
30年前、離島の民家にインストラクター二人だけだったダイビングショップが、社員200人の日本一の会社になってた。少女だった私に海の素晴らしさを教えてくれたインストラクターさんが、業界一の社長さんになってた。全然、昔と変わらない雰囲気だったけど、随分頑張ったんだろうなあ。「すごい借金だよう」というけれど、確かにものすごい発展を見せてもらった。
久しぶりに開発と発展ということについて考えた。
沖縄が愛しい。これからも、この島とこの島の人たちの事、ずーっと見つめていくな。
沖縄は日本で一番所得が低い県の一つ。
官民挙げてなんとか開発しようとしてきた実験場のようでもある。
初めて沖縄に行ってから35年くらい。
その間、20回くらいは通ったから、少しは変化も感じられる。
モノレールや海にかかる橋、役所の建物なんか、公共投資は凄いことになっている。
離島でも、島と島との間に大きな橋がかかったり、港が出来てたりして物凄い。
人口250人の島に、こんなものが必要かという感はあるんだけど、
島の暮らしは便利になったんだろう。
赤い琉球瓦の民家は、ほとんど四角いコンクリートの建物になった。
家々の間を縫う細い道は、昔は白い砂だったのに、徹底的に舗装されてた。
やっぱりコンビニも居酒屋もないけど、それは当り前か・・・。
美しさは随分減ってしまった感があるけど、経済活動は活発になったみたい。
20年ぶりに会ったおばあに「よくなったね」というと、
「すごい借金でたいへんさあ、みんなそうさあ」という。
それでも昔は人口200人だったから、50人くらいも増えている。
本島からのフェリーには、国内のダイビング客や欧米人、中国人がいっぱい。
小学生や中学生も見かけたから、やっぱりこれでいいんだろうか。
小さな島にたくさん車があって、こんな距離でも車で移動するようになったんだと思う。
便利になった分、時間の流れ方もかわったんだろうな。
島の人たちは、昔より幸せに暮らしてるんだろうか。
那覇では国際通りに4泊した。
京都の新京極通とたいして変わらない気もしたけれど、
10歳の娘は凄く喜んだから、若者の心はつかんでるんだろう。
通りは修学旅行生や中国人、台湾人だらけ。
お店で働いている人たちも外国人が目立つ。
私たちはお店に入ると英語や韓国語で話しかけられて、
日本人だと分かると「ごめんなさい」と言われたけど
別に、謝らなくていいですよ(笑)
スーパー、コンビニ、カフェ、レンタルショップ、居酒屋などなど
国内大手資本がつくる町並みは全国共通。
大手のレンタカーが沖縄旅行の脚として定着したけど、
地元のタクシーは台数制限で苦しんでるとか。
安く沖縄に行けるようになったのはいいけど、地元にお金が落ちにくい。
基地関連の経済活動は全体の5%くらい、観光が10%くらいだというけど、
この島は何で食べてるんだろう?
コールセンターの誘致なんかでサービス業が20%くらいあるとか。
それって、インドやフィリピンがアメリカのコールセンターになってるのと同じか。
公共投資とグローバリゼーションと借金。
この島には必死の開発戦略の結果がいっぱい。
これでよかったんだろうか、これ以上どう出来るっていうんだろう。
ひとつすごく嬉しかったこと。
30年前、離島の民家にインストラクター二人だけだったダイビングショップが、社員200人の日本一の会社になってた。少女だった私に海の素晴らしさを教えてくれたインストラクターさんが、業界一の社長さんになってた。全然、昔と変わらない雰囲気だったけど、随分頑張ったんだろうなあ。「すごい借金だよう」というけれど、確かにものすごい発展を見せてもらった。
久しぶりに開発と発展ということについて考えた。
沖縄が愛しい。これからも、この島とこの島の人たちの事、ずーっと見つめていくな。