子供の頃、私はいつも自由になりたかった。

発達障害で、二次障害をおこし、登校拒否.
社会と折り合いのつかない私のテーマはひたすら自由だった。

バイクは微かな自由をくれた。
海も自由をくれた。
詩作や演劇は血の滲むような自由をくれた。
でも、自由になりたかった。

恵まれて生を受けた私が、
暖かく、涼しく、お腹いっぱいに生きているだけで、
恵まれなかった人々を、足下に踏みしだいて在る。
砕ける骨や血を流す肉の感覚に私は嘔吐した。

私を育み、守り、拒否した日本社会を私は憎んだ。

大学に入ってインドを旅した。
大学を出て中国の田舎に留学した。
断水し、停電し、不潔さや治安の悪さに悩まされる生活の中で、
生きることに疑問のない人々に出会った。

何の後ろだても無く、
言葉さえ不自由な異国の街角で、
一人ぼっちで無力な女の子になった私は、
笑い出したいくらい解放されていた。

もう、自由を望まなくても、生きていけると分かった。
自分の自由を、ごく身近な人達に、分けながら暮らすことさえできる。
どこにいても。
日本にいても。
不条理に満ちた人間社会に在っても。
自分を受け入れた時、自由はどうでもよくなった。

私は、自由から自由になった。