昨日から凹んでいる。微かな心の痛みに耐えている。今はそれを、楽しもうと思う。

私は心の痛みを大切に感受する。それは、痛みが生きているということを実感させてくれるから。本当に死にたい状態だったときには、リストカットして眺めたりしていたけど、それは肉体的な痛みが「生きている」という信号を脳に送ってくれるから。まあ、死にたい思いがあまりにも強くて、恐怖感も痛みも鈍くなってるときには、どんどんエスカレートするから本当に危険なんだけどさ。

中国で子宮内膜増殖症になり、麻酔なしで内膜そうはをしたことがある。要するに、妊娠してない状態で麻酔なしの中絶手術を受けたのと同じ。4人ほどの女医と看護師にとって、日本人の女を見るのは私が初めて。完全アウェーの手術室で、私は日本人代表になった気分だった。誰もが痛みで叫び続けるのだと聞いてはいたけど、出産なんか目じゃない激痛。もちろん、一切声は上げない。それでも処置にかかる時間があまりにも長くて、「あとどのくらいかかるの?」と聞いたら、4人の女たちがふきだして笑った。「この人、しゃべれてる」「信じられな~い」と言っている。さすがに頭にきて、「あと何分か聞いているのよ!」と言ったら「もうすぐ、もうすぐ~」と楽しそうにいう。ますます、日本人としてのプライドが総動員されて、絶対に叫ばないと歯を食いしばった。「日本人の女は全く声を上げなかった」という伝説をこの病院に作ってやる。その思いだけで、いつ終わるともしれない激痛に耐えた。その時、頭の中で考えていたことは、「いつかこれをネタにしてやる」。

さてさて、あの手術室を思い出したら、今の私の心の痛みなんてしれてるなって感じしてきた。やっぱりまだ少し凹んでるけど、本物の痛みの記憶を呼び覚まして、ささいな心の傷など忘れてしまおう。