今日は滋賀大キッズカレッジに、娘を療育に連れて行ってきた。家から片道1時間以上の道のりは、私たち親子にとってはきついけど、ここで療育受けられることを本当にラッキーだと思っている。
10歳の娘は発達障害で学習障害。小学校へは行ってなくて、1年生の時から滋賀大キッズカレッジへ月2回、療育に通っている。
目的は自己肯定感と自尊感情の育成。
学習障害は発達指数は低くないのに、読み書きや計算などにいちじるしい困難があり、定型発達(いわゆる普通)のカリキュラムでは思うような学習効果が得られないという特性の障害。子どもが学校の勉強についていけなくて、わらにもすがる思いで子どもを連れてくる親御さんたちには、学校での勉強ができるようになればという願いがあるみたいだけど、月に数回一時間くらいのカリキュラムで、成績が普通になったりはしないよ。私自身は、ここでの学習を通して子どもたちが獲得するものは、否定されずに丁寧に関わってもらって、「わかる」「進む」「納得する」なんかの体験をさせてもらい、自己肯定感と自尊感情をはぐぐむ事だと思っている。
自分の努力じゃ周りの子たちとの差を埋められない、学校ではいつも低い、否定的な評価を受けている子どもたちの、自尊感情や自己肯定感は低い。子どもの発達に必要なことは、年相応の基礎学力よりも、生きて行くための基礎になる自信だと思っている。自分の存在に自信があれば、他の子たちとは時期がずれていたとしても、いずれ時期がくればその子自身としての最大限の発達が望めると信じている。全く普通に・・・なんて、非現実的なことも思っていない。
キッズの先生は、「好きなことを頑張れるようになるのは中学生から、嫌いなことも頑張れるのは高校生から」っておっしゃる。いずれはハンディをしょって、普通より苦しい学習に取り組まなきゃならないのは現実。それは、小さいうちから取り組んだからアドバンテージをつくれるというようなものではなくて、小さいうちに長い時間をかけて、「その時がきたら頑張る」ための土台を作る必要がある。子どもの勉強には口を出さず、やらないならやらないで見守って、けして直さず、否定せず、無条件に愛されていると実感させつつ、好きなことをさせておく。これ、やって見るとびっくりするくらい難しいですから。何が難しいって、客観的に人より劣った状態の我が子を、信じて待つことが難しい。テレビやゲームに明け暮れている子どもを、何年間も毎日、ただ見守るのも難しい。私くらい確信もってやってても、自分が鬱になったりするくらいだから、潜在的には不安があるんだろうと思う。それでも、方針を決めた以上は徹底的にとことんやる。
何はともあれ、焦らないこと。
親が出来ることは、黙る。待つ。信じる。このくらいだと腹を括ろう。
放置だ、放任だ、ネグレクトだと批判されてもぶれてはいけない。
今何をしているのか?土台を作っているのだ!
すごーく長い時間を、この自覚とともに見守って行こう!
ちなみに、うちの娘は1年生の段階の検査では一生読み書きは自由に出来ないといわれた重い難読症だけど、去年から突然伸びだして、一気に3年くらいまで国語と算数が進んだ。これをキッズでは化けると言う。楽しみ。この先どこまで伸びるか分からないけど、今はとても嬉しい(*^_^*)
10歳の娘は発達障害で学習障害。小学校へは行ってなくて、1年生の時から滋賀大キッズカレッジへ月2回、療育に通っている。
目的は自己肯定感と自尊感情の育成。
学習障害は発達指数は低くないのに、読み書きや計算などにいちじるしい困難があり、定型発達(いわゆる普通)のカリキュラムでは思うような学習効果が得られないという特性の障害。子どもが学校の勉強についていけなくて、わらにもすがる思いで子どもを連れてくる親御さんたちには、学校での勉強ができるようになればという願いがあるみたいだけど、月に数回一時間くらいのカリキュラムで、成績が普通になったりはしないよ。私自身は、ここでの学習を通して子どもたちが獲得するものは、否定されずに丁寧に関わってもらって、「わかる」「進む」「納得する」なんかの体験をさせてもらい、自己肯定感と自尊感情をはぐぐむ事だと思っている。
自分の努力じゃ周りの子たちとの差を埋められない、学校ではいつも低い、否定的な評価を受けている子どもたちの、自尊感情や自己肯定感は低い。子どもの発達に必要なことは、年相応の基礎学力よりも、生きて行くための基礎になる自信だと思っている。自分の存在に自信があれば、他の子たちとは時期がずれていたとしても、いずれ時期がくればその子自身としての最大限の発達が望めると信じている。全く普通に・・・なんて、非現実的なことも思っていない。
キッズの先生は、「好きなことを頑張れるようになるのは中学生から、嫌いなことも頑張れるのは高校生から」っておっしゃる。いずれはハンディをしょって、普通より苦しい学習に取り組まなきゃならないのは現実。それは、小さいうちから取り組んだからアドバンテージをつくれるというようなものではなくて、小さいうちに長い時間をかけて、「その時がきたら頑張る」ための土台を作る必要がある。子どもの勉強には口を出さず、やらないならやらないで見守って、けして直さず、否定せず、無条件に愛されていると実感させつつ、好きなことをさせておく。これ、やって見るとびっくりするくらい難しいですから。何が難しいって、客観的に人より劣った状態の我が子を、信じて待つことが難しい。テレビやゲームに明け暮れている子どもを、何年間も毎日、ただ見守るのも難しい。私くらい確信もってやってても、自分が鬱になったりするくらいだから、潜在的には不安があるんだろうと思う。それでも、方針を決めた以上は徹底的にとことんやる。
何はともあれ、焦らないこと。
親が出来ることは、黙る。待つ。信じる。このくらいだと腹を括ろう。
放置だ、放任だ、ネグレクトだと批判されてもぶれてはいけない。
今何をしているのか?土台を作っているのだ!
すごーく長い時間を、この自覚とともに見守って行こう!
ちなみに、うちの娘は1年生の段階の検査では一生読み書きは自由に出来ないといわれた重い難読症だけど、去年から突然伸びだして、一気に3年くらいまで国語と算数が進んだ。これをキッズでは化けると言う。楽しみ。この先どこまで伸びるか分からないけど、今はとても嬉しい(*^_^*)