僕は先見性を養うには
己を知り、相手を知り、社会を知り、世界を知る事。
これがまず重要だと思う
今の自分を知らなければ、
相手を知らなければ、
どんな先見性を持てるだろう。
たとえ、何らかの先見性を持てたところで
そこからどのように動こうというのだろう。
先日参加したパーティーも
実は己を知る事以外は
たやすいともいいがたいが方法はある。
けれど、己を知るっていうのは
自分自身のいいところも悪いところも含めて、
自己認識するって事に等しく、
これがなかなか難しいって話もやっぱり、出てた。
人っていうのは
どうしてもプライドの塊だったりするわけで、
このプライドが邪魔をすることは
先見性の話以外の場でも実は多い。
知りたくない自分は知りたくないって気持ちは分かるけどね。
そういう意味では常に自分を見据え、
自己反省を促す位がちょうどいいのかもしれない。
そんな中、かの松下幸之助さんは
自己観照という言葉を用いて、こう言っている。
「自省の強い人というのは自分というものをよく知っている。
つまり自分で自分をよく見つめているのである。
わたしはこれを自己観照と呼んでいるけれども、
自分の心をいっぺん、
自分の体から取り出して、
外からもう1度自分を見直してみる。
これができる人には
自分というものが素直に私心なく、理解できるのである。
こういう人には過ちが少ない。
自分にどれほどの力があるか、
自分はどれほどの事が出来るか、
自分の適性は何か、
自分の欠点はどういう所にあるのか、というようなものが
ごく自然になにものにもとらわれることなく、
見出されてくるからである」と。
自分自身を包み隠さず知ることができてこそ、
そんな自分自身が今後歩むべき将来が見渡せる。
これは個人に限らず、組織にも言える事。
自らが属する組織を
両目できちんと見据える事が出来てこその先見性。
片目で
都合のいい部分しか見ていない(見ようとしない)状況だと
先見性のようなものを推測できたとしても、
そこには確実にほころびが生じる。
だってさ、両眼で見ている景色と片目の景色、違うよね。
言葉の内容はどうでも良い。
だが、自らを省み、自らの身の程をしっかりとわきまえ、
その上でより高みを目指していこうとする人と、
僕はこれからも多くの仕事をしていきたい。
もちろん、お前自身は?
と問われない自分でいる事が先決だけど。