存在 | 星のかけらを探しに行こう ~Andiamo a cercare i frammenti della stella~

星のかけらを探しに行こう ~Andiamo a cercare i frammenti della stella~

仕事も、夢も、恋愛も、結局いつも七転八倒。

それでも僕は前に進みたい。
他の誰かになんて、なれないから。

進むも諦めるも覚悟がいるなら僕は進む。
近くて遠い、あのシリウスを探しに…。

小林真央さんが旅立たれた。

34歳。

 

この世に生を得た限り、死は誰にでも訪れる。

どんな権力を持っていても、どんな財力を持っていても、

「死」は必ず訪れる。

 

そして「死」は無常だ。

僕はとある仕事でこのご夫妻と2回ほど、お会いしたことがある。

正直会うまでは二人ともそれほど好きではなかった。

 

だが、会ってからの二人の印象はこれまでとは違っていた。

そんな彼女が旅立ってしまった。

 

彼女は生前、

例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

 

とBBCに答えていた。

だから、可哀想という言葉は使いたくない。

だが、無念を感じずにはいられない。

 

「死」は誰にも訪れる。

彼女の「死」だけが特別ではない。

人知れず、亡くなっていく方の方が圧倒的に多い。

その1人1人に対して、様々な思いを巡らす事は不可能だ。

 

だが・・・。

 

先ほど、市川海老蔵さんの会見を見た。

 

彼は真央さんについて「旅立った」と言った。

「亡くなった」ではなく、「旅立った」と。

 

彼は真央さんの事を

「成長していく過程を見守ってもらいたかった」存在とした。

 

そして、彼はなくなる寸前、

彼女から「愛してる」と告げられたと語った。

 

分かるかな?
分かるよね。

 

「成長していく過程を見守ってもらいたかった」存在がいる。

それがどれほど幸せなことか。

 

自分が亡くなる寸前に「愛してる」と伝えられる人間がいる。

その事がどれだけ幸せなことか。

 

分かる人は覚えておいてほしいな。

 

でもね、人ってバカだから、分かっているつもりでも忘れるの。

分かっているつもりでもどこかに置き忘れるの。

日々に忙殺されて、時々、「まぁね」位にしか思わなくなるの。

僕らは明日をも知れない我が身なのに。

 

二人にも紆余曲折はあったろう。

でも、最後の最後までこう言えるって事、多くないの。

 

いろんな関係の、様々な事情を抱えた人を多く見てきた。

そんな僕の結論。

 

忘れちゃだめだぞ!

(お前もな!という自戒含めて)