子どもらしい子ども時代 | 私と家庭と地球のケア

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チャイルドケア講師でセラピストのミセスカモミールが、自然療法と家庭教育で日々の暮らしをていねいに考えていくブログ。

子育てに悩んでいる方はたくさんいらっしゃいます。
子どもを育てることに
真剣に真面目に取り組んでいるからこそ、
悩むんです。

時に子育ての悩みを持つことも
子育てをする上では大切な事なんですね。

何もないなって方が、心配になることもあります。
親というのは、自分の子どもには欲があるものです。
人の子なら、「十分」と思えることも
自分の子となると
「もうちょっと」と欲を出すものです。
だから・・・・なかなか自分の子育てに満足できないんでしょうね。

私もそうです。
「十分」と言ってるそばから、
できれば、できることなら・・・・と
そのゴールを先に、上にとハードルを高くして
悩みを増やしているんですね。
親とは、そういうものなんでしょうね。
心配したり、悩んだりすることで
親として責任を感じようとしているのかもしれません。

しょうもないもんです。

ただし、その悩み方というのが
親御さんによってはいろいろタイプがあるように思います。
いろいろな見方をしますが、
私なりのタイプ別にわけるときに
まず
親自身が自分の子ども時代を存分に子どもらしく育っているかということ。
いわゆる
子どもらしい遊びをしたり、
子どもらしい失敗をしたり
子どもらしいしょうもないことを経験したり
子どもらしい恥をかいていたり・・・・
そして、

子どもらしい感情をだし
子どもらしい想像をし
子どもらしい夢をもち
子どもらしく無我夢中になったり
子どもらしい濃い1日を経験しているかどうか。

最近は、親自身が、子どもらしい経験をしていることが少ないんですね。
小さいときから
おけいこ事をしていたり、
外遊びが少なかったり、
いたずらして怒られたり、
くだらないことに必死になったりしたことがないんです。

いわゆる優等生的な子ども時代を過ごしているんですね。
優等生的というと変ですけど、
大人の縮小版みたいな生活をして育っているんですね。

だから自分の子どもが子どもらしいことをやっていると
「うちの子、変わっている」とか
「くだらないことをすぐにやる」とか
子どものありのままの状況を
奇異な目でみてしまうんですね。
悩まなくてもいいことを悩んでいることもあるように思います。

いやいやご自身がそうであったとしても忘れているのかもしれません。

私は、子ども時代を存分に過ごしました。
だから大人には良く怒られました。
いたずらばかりしていたからです。
くだらないことにも必死になりました。
母は、黙ってそのくだらないことを見ていてくれました。
そして
「満足したなら、お父さん帰ってくる前に片付けなさい」と。
それだけ守れば、ある程度のことは許されました。
絵本を糊で全部のページを張ってしまうとか
クレヨンを刻んでしまうとか
(うちは商売もしていた時期があるので
外遊びより家遊びが多かったせいもあるので、家遊びの記憶が多いです)

今だったら恐ろしいけど、
下校時刻ギリギリまで、学校の裏庭で石ころ裏返しては
ダンゴムシを取って、ビニール袋に入れて
袋いっぱいになって持ち帰ったり・・・・。
さすがにこのときは
母が悲鳴を上げましたが・・・。

おしろい花の種を相当な数持ってきては、つぶして
おしろいを取り出しては、箱に入れてためてたり
ひたすら新聞紙を丸めては絵の具を塗って
家の中に紙のボールが散乱してることも多々。

チョークで、家から学校まで、「マイロード」を描いたり・・・・。
汗まみれでやってました。
まぁ昭和の良き時代だからこそですが。

相当子ども時代を謳歌したおかげで
自分の子どもが
あまりにも何もやらかさないので
逆に心配になったりします。

今でも大学生の息子には
「もっとやんちゃしなくちゃ」とけしかけているのですが
「いやいや、もうそんな無駄なことはできないよぉ~」と
大人なつまらない発言をします。

そう、今の子はとても冷静ですね。
これがいいとも限らないと私は思うけど。
やっぱり、子どもは子ども時代をしっかり過ごすことなんです。

子どもは大人の小さいヴァージョンではありません。
子どもだからこそできること
思えること
楽しめることがあるんです。

その経験こそが、素敵な大人になるための変身アイテムになるのです。
子どもらしい、子どもが減っています。
大人びた子どもがもてはやされたりする時代だから
私はどうかと思うけど。

「あっかんべー」なんてしたことがないでしょ?
今のお母さんたち。
まぁ はしたないことですからね。
してください・・・っていうことじゃないんですけど。
そういう子どもならではの「特権」を知らないでいるのは
ちょっと残念じゃない?と思ってしまうんですね。
その特権を知らないから
比較するのが「大人の尺度」
そりゃあ、大人の尺度であれば、子どもは変になることはたくさんあります。
でも尺度で測っちゃだめです。
もともと違うんですから。

私は自分が子ども時代を大いに楽しんだ経験があるから
子どもがこんなことしたら楽しいと思うとか
こんなこと考えてんじゃない?というのが
結構よくわかります。
だから真剣に子どもと遊べる。
大人が子どもと遊ぶというのじゃなくて
年取った子どもとして現役の子どもと対等に遊べる。

そういう匂いを出しているのでしょうか?
電車の中やスーパーの中で
子どもにちょっかい出されたり、
ニコッと笑顔を振りまいてくれたり、
声をかけられることも多いんですね。
サインを送ってくるんです。子どもって。
たぶん子どもは、本能で似たものを感じるんでしょうね。

今の子どもは、子どもらしいことをしているだけなのに
大人の尺度にないと「変」となってしまうんです。
気の毒な時代。
今の時代に私が子どもだったら、
私の母は大変だったんじゃないかな?

そんな話を先日母にしたら
「悪いけど、今でも大変だから、過去形で言うんじゃないよ」と言われました。
ははは。

私は最高に「変」なんです。まぁそれでも子どもたちはいい子に育ち
家庭は円満ですから。これもありだと思います。
もっと
お父さん、お母さんたちは、自分の子ども時代を思い出してください。
きっと
子どもの自由なワンダーランドに気づくと
悩みよりも期待や同じ夢をみれるかもしれませんね。