そんな荒波の妊婦期間を経て、切迫だったのに息子は39週に3400gで生まれてきました笑

頭がデカく、母の恥骨を崩壊して出てきました(恥骨剥皮)

初めて我が子を見てかけた言葉は
「やっと会えたねラブ」でもなく
「私がママだよラブ」でもなく

「お前かーずっと私を苦しめていたのは」

でした。助産師さんたちもずっと私が衰弱して行く過程を見ていたので、この言葉を発した時は分娩室が笑いに包まれました笑い泣き

そして出産から2時間くらいで究極の選択を迫られました。
「もし、これからも精神科の薬を飲むのなら母乳で育てることはできないから、今から一錠だけ薬を飲めば母乳はとめられます。薬を飲まずに母乳で育てるなら飲まない。どうしますか?」
ちょっと迷って「ミルクでも愛情は変わらないので母乳止めます」と母乳止める薬飲みました。

あまりにも妊婦生活がボロボロで、そのまま母になりメンタルが急に正常になってやっていけるとは思えなかったから。
そして私は元から完母にこだわりが全く無かったから。
私自身が完ミ育ちなんですよね。母が母乳出なかったそうで。

岩みたいな顔をした我が子はものすごいブサイクなのに見ると落ち着く何故か不思議な存在でした。