神さまの粒(素粒子)で
できているボクらは
素晴らしいとか
あいされてるとか
根拠はないのだ
絶対な真実だから
昨夜やってたガッテンの
コペルニクス的転回
じゃないけど
今までの
常識より
常識すら
自分にとって
信じるに値する情報か
疑っても構わないと
判断してもいい情報か
そこから
選択していっても
いいんだな
と思う
与えられる情報だけでなく
何ひとつとっても
感じることも
考えることも
人と違っていいんだなぁと
思う
どれを
信じるか
信じたいかは
自分次第
物事が
いい方向に向くか
悪い方向に向くかも
自分次第
何度やっても行き詰まるものは
何度頑張っても苦しいことは
逆をやってみて
その成果を
また何度も何度も
自分のやり方で
あり方で
やってみて確かめる
しかないんだよな
コツだよな
習慣だよな
ただそれだけだ
それを
いいの悪いの
難癖をつけたいやつには
言わせておけばいい
まだまだ
生きれる
頑張れ自分
ぢんさんの
「心屋理論」は
確かに今までの心理学ではないなと
感じる
既存の心理学と違って
座学でなく体験学?
スピリチュアルな
新しいタイプの学問が
出てきても
不思議じゃないよな
ぢんさんは
宗教だっていうけれど
わたしはまだ少し
違う気がする
それを否定することなく
肯定することなく
ただそういうものがあるらしい
それだけでいい
と今は思っている
ぢんさんの考え方
あり方だから
否定する要因は
なくなりつつある
ひとつひとつの素粒子が
色々なあり方考え方を持つのは
不思議じゃない
いいも悪いも存在しない世界があるとすれば
もっとたくさんの
不思議な存在が生まれるだろうな
20年前は
AIもユーチューバーも
聞いたことなかったんだから
ww
あぁ
英語が喋りたい
宇宙語で赤ちゃんと喋ってみたい
ww