お父さんとお母さんが離婚していた、と知ったのは何歳だったのか、はっきりと覚えていない。
あとから母親から聞いたのは、私が3歳で妹が産まれて すぐだったということ。
昼間は祖母の家で、夜は歩いて2,3分離れた小さな、小さな家で生活していた。
祖母宅でお風呂に入り、家族で我が家の小さな家に帰る途中、何歳だったのだろう、お姫様だっこで揺られることが、大好きで、わざと寝たふりをしたものだった。
お父さんの胸の中は、とてもとても大きくて、優しくて、居心地が良かった。
揺られているうちに、そっとお父さんを見たことは
覚えている。でも、思い出そうとしても、顔はいつも古びた写真の、小さな私の横でまぶしそうにカメラを見るあの顔だ。
あれから、十数年後、父と再会した。
160数センチの髪が薄くなった小柄な男性だった。
でも、顔が思い出せない。
いつまでも、あの古びた写真の顔のまま。
あとから母親から聞いたのは、私が3歳で妹が産まれて すぐだったということ。
昼間は祖母の家で、夜は歩いて2,3分離れた小さな、小さな家で生活していた。
祖母宅でお風呂に入り、家族で我が家の小さな家に帰る途中、何歳だったのだろう、お姫様だっこで揺られることが、大好きで、わざと寝たふりをしたものだった。
お父さんの胸の中は、とてもとても大きくて、優しくて、居心地が良かった。
揺られているうちに、そっとお父さんを見たことは
覚えている。でも、思い出そうとしても、顔はいつも古びた写真の、小さな私の横でまぶしそうにカメラを見るあの顔だ。
あれから、十数年後、父と再会した。
160数センチの髪が薄くなった小柄な男性だった。
でも、顔が思い出せない。
いつまでも、あの古びた写真の顔のまま。