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ロッキー堀江の我以外皆吾師

マージャンと賭けないマージャンの専門店SPロッキーについてのあれこれ

大学入学で上京してきたとき、実は住む部屋が決まらずしばらく友人のところに居候していた、そのアパートの名前がたしか喜雀荘だった。

その数年後、阿佐ヶ谷に住んでいるときには、そいつがいろいろあって私のところに居候していた。

マージャンの道に進むことを決断したときには二つのことを守れといってくれた。彼は今池と新宿でメンバーの経験があり、その世界のことに詳しかったこともあり、今振り返れば的確なアドバイスだったと思う。

その後は住まいが離れていることもあり、会うことはあまり無かったが、大宮にSPロッキーを開いてからは、関東に出張の折には良く立ち寄ってくれた。


井出くんや高見沢くんは奴のこと、覚えているかなあ。


いろいろお世話になったり、迷惑をかけたりもしたが・・・


そいつが、2週間ほど前に亡くなった。


悲しいというのもちょっと違う気がするが、こういうことはじわじわとこたえてくるのだろうか。


ずいぶん前に二人の間である約束があったのだが(できたらということではあるが)果たせないままいってしまった。


もう一度、一緒に打つ機会が持てればなあ・・・